越境学習とは?導入メリットと学習効果を高めるポイント(企業事例付き)
今、企業の人材育成の場で、越境学習が注目されています。移り変わりの激しい時代を生き抜く力を備え、ビジネスパーソンとしての成長を促すその人材育成法について解説します。
目次[非表示]
- 1.イノベーションへとつながる越境学習のメリットやパターンを解説
- 1.1.越境学習とは?
- 1.2.越境学習のパターンを紹介
- 1.2.1.1. 在籍出向
- 1.2.2.2. 企業間留学(他社留学)
- 1.2.3.3. 社内副業
- 1.2.4.4. ワーケーション
- 1.2.5.5. プロボノ
- 1.2.6.6. その他
- 2.越境学習が注目される理由とは?
- 2.1.製造業からサービス業へ、産業構造の変化
- 2.2.イノベーションを牽引できる人材の必要性
- 2.3.日本の企業に起きている課題
- 2.4.人的資本経営コンソーシアムの設立
- 3.越境学習のメリット
- 3.1.企業側のメリット
- 3.1.1.・組織にイノベーションを起こす人材育成ができる
- 3.1.2.・他社のノウハウを採用できる
- 3.1.3.・人材の流出防止につながる
- 3.1.4.・ミドル世代やシニア世代を活性化できる
- 3.2.従業員側のメリット
- 3.2.1.・自己成長やスキルアップにつながる
- 3.2.2.・転職せずに自分の力を試せる
- 3.2.3.・仕事を客観視できる
- 4.越境学習のデメリット
- 4.1.企業に一定の負担はかかる
- 4.2.費用対効果の測定は容易ではない
- 4.3.自発的に参加する従業員が集まらない
- 5.越境学習を通じた学びの特徴
- 5.1.紆余曲折、悪戦苦闘する中で学びを得る
- 5.2.矛盾や葛藤が学習の原動力となる
- 5.3.もがくことも重要な経験となる
- 5.4.ホームとアウェイを俯瞰的に比較できる
- 5.5.ホームに戻ったときの葛藤も学びとなる
- 5.6.必要なリソースを集められるようになる
- 6.越境学習の効果を高めるために確認しておきたい事項
- 6.1.1. 越境学習に従業員は納得しているか?
- 6.1.1.・今回の越境学習の目的
- 6.1.2.・今回の越境学習の意義
- 6.1.3.・越境学習終了後の受け入れ体制
- 6.2.2. 越境学習を自社都合だけで考えていないか?
- 6.3.3. 従業員が越境学習を志望する理由を確かめたか?
- 6.4.4. 自社のリソースは想定できているか?
- 7.越境学習を導入した企業の事例
- 7.1.NECマネジメントパートナー:自分の業務が社会課題に与える影響を知り、仕事に向き合う姿勢が変わる
- 7.1.1.<実践されている越境学習>
- 7.1.2.<越境学習以前の課題>
- 7.1.3.<越境学習による成果>
- 7.2.花王グループカスタマーマーケティング:リーダー育成研修を越境学習に一新し、主体的な気づきを獲得
- 7.2.1.<越境学習による成果>
- 8.越境学習で、イノベーションに挑む企業風土づくりを進めよう
イノベーションへとつながる越境学習のメリットやパターンを解説
近年、「越境学習」という言葉が企業の人材育成の場で注目されています。越境学習とは、従業員にこれまでとは違う仕事の環境を用意し、それにより移り変わりが早い時代を生き抜く力を備え、ビジネスパーソンとしての成長を促そうという人材育成法です。
今回は、企業にイノベーションを起こす越境学習のメリットや、実際に行う前に確認しておきたい点などを解説します。
越境学習とは?
現職とはまた違った慣習や考え方を持つ新たな環境で、これまでにない学びや視点を得ることが、越境学習の目的です。そこで得たものを自社に持ち帰ることで、組織の変革や新事業の創造につなげることのできる人材が育つというのも、メリットのひとつです。他社に籍を移して学ぶケースの場合は、「企業間留学」「他社留学」と呼ばれたりもします。
また、他社への越境だけでなく、自社内で配属先や担当領域を変えることを、越境学習と呼ぶこともあります。
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越境学習のパターンを紹介
越境学習は、他社で学んだり、自社内で今までとは異なる環境で学んだりするほかに、いくつかパターンがあります。越境学習の代表的なパターンを挙げてみます。
1. 在籍出向
在籍出向は、出向元(現職)にも籍を置いたまま出向先で勤務することを意味します。最近では、コロナ禍で事業縮小を余儀なくされた航空会社や旅行会社が採用し、注目されるようになりました。
完全に籍を移す「転籍出向」(移籍)とは異なり、従業員は出向元と出向先の企業の両方と雇用契約を結ぶことになります。それにより、あらかじめ定めた出向先との契約期間が満了になった時点で、出向元に戻って働くことができるのです。
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2. 企業間留学(他社留学)
企業間留学(他社留学)は、現職を辞めることなく、従業員が一定期間他社で勤務することを意味します。最終的には、留学する従業員を通じて、互いの組織の活性化を目指すのがひとつの目的です。
また、在籍出向と違う点は、従業員は留学先の企業とは雇用契約を結ばず、企業間で研修契約を結ぶだけなので、留学先は賃金支払いなどの義務が発生しません。
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3. 社内副業
企業内で複数の事業を行っている場合、事業部ごとに文化や考え方が違ってくるのは珍しいことではありません。これを利用し、従業員が事業部の異動や他部署の仕事を兼任することで、自社内で在籍出向や企業間留学と同じ効果を得られることがあります。これを、社内副業と呼びます。
4. ワーケーション
新型コロナウイルス感染症拡大に伴うテレワークの広がりを受け、観光需要の喚起につながる新しい働き方として、「ワーク(仕事)」と「バケーション(休暇)」を組み合わせた「ワーケーション」が注目されるようになりました。働く場をリゾートや観光地に移し、いつもの仕事をリモートワークでこなす働き方です。
例えば、地域貢献の場などに参加して学びを創出する、ワーケーションプログラムなども実施されています。そうして、日常とは違う場に身を置き、普段はできない体験や出会いから気づきや学びが得られる点で、越境学習のひとつに分類できます。
【参照】国土交通省 観光庁「「新たな旅のスタイル」ワーケーション&ブレジャー」|国土交通省(2024年2月)
https://www.mlit.go.jp/kankocho/workation-bleisure/
5. プロボノ
プロボノとは、ラテン語で「公共善のために」を意味するPro Bono Publicoの略称です。各領域の専門家がボランティア活動を行うことを指し、普段の仕事で習得済みの知識やノウハウを活かして活動に取り組む点が、一般的なボランティア活動とは異なります。
2010年前後から国内でも積極的に行われるようになり、2011年の東日本大震災では、弁護士などの有資格者が被災地へと足を運び、専門知見を活かしてのボランティア活動が行われました。
越境学習としてのプロボノは、こうした動きが企業に広がったもので、現在では多岐にわたる業界や業種で推奨されています。従業員のプロボノを支援することで、企業はCSR(企業の社会的責任)を達成し、結果的に企業価値を高めることができる点もメリットとして挙げられます。
【参照】特定非営利活動法人 サービスグラント「プロボノの現状と今後の展望」|特定非営利活動法人 サービスグラント
https://www.npo-homepage.go.jp/uploads/report33_ikenkoukan_3_4.pdf
6. その他
勉強会やワークショップ、ビジネススクール、社会人大学といった、就業時間外で行うことの多い交流や学びの場も、越境学習に通じます。
個人の交流が主体にはなりますが、多様な業界から人が集まり、さまざまな知見やスキルを持つ人材とともに学ぶことで、これまでになかった気づきが得られ、やはりそれを自社に持ち帰ることができるのです。
越境学習が注目される理由とは?
社会の変化に伴い、従業員の仕事感も変化していることを受け、越境学習を導入する企業が増えています。続いては、越境学習が注目される理由とその背景について詳しく解説します。
製造業からサービス業へ、産業構造の変化
かつて日本がモノづくり大国として知られていたように、その成長は製造業や建設業といった第2次産業に支えられてきました。しかし、特にインターネット以降、インターネットに付随したサービス業が増えたこともあり、働く人に求められる能力は変わってきています。それは、「物を正確に作る能力」から、「柔軟な発想で斬新なサービスを生み出す能力」への変化といえるでしょう。
この能力は、日々の業務をこなしているだけでは、なかなか身につきません。従業員の一人ひとりが、刺激ある環境に身を置いて学ぶことで、初めて鍛えることができます。そうした学びを実現する越境学習は、企業が競争社会を勝ち抜いていく上で、有効な人材育成方法であるといえるでしょう。
イノベーションを牽引できる人材の必要性
組織の中にいるあいだは、企業ごとの慣習や仕組みがその組織固有であることには、気づきにくいものです。いつの間にか、皆がその枠組みの中での発想に終始してしまい、斬新な発想が必要な企画や新規事業が滞る、という場面を経験した方も多いと思います。
前述した「柔軟な発想で斬新なサービスを生み出す能力」には、そうした固定観念の存在に気づき、やわらかな発想で創造的に企画や事業を牽引していける能力も含まれます。
日本の企業に起きている課題
新型コロナウイルス感染症の拡大によって、企業は想定をはるかに超えた経営環境の変化に直面しました。さまざまなシーンで「これまでの在り方」からの脱却が問われる今、その対応に苦慮している方も多いのではないでしょうか。
ポストコロナ時代における企業は、新たな人との関わり方や、脱炭素をはじめとしたSDGsへの取り組み、副業・兼業やテレワークといった新しい働き方など、多くの課題と向き合いながら生き抜いていく必要があります。明確なゴールや目指すべき理想型がない中、従来のビジネスの深化・発展と新たな事業の創出を両立する、いわゆる「両利きの経営」の実現が求められているのです。
こうした時代において重要性を増しているのが、一人ひとりの「キャリアの自律」です。
経済産業省では、社会課題に取り組む地方やNPOの現場で社会課題解決に取り組むことが人材育成と企業のイノベーションにつながるとして、日常の職場とは異なる環境での越境学習を進めるプログラムを開発・実践してきました。
プログラム参加者は、自分の価値観が根底から覆されるような環境に身を置くことで、自分の仕事の進め方や行動、考え方などを振り返り、直すべきところを見つけたら直していく「リフレクション」を行います。その経験をもとに、軸を持ったリーダーとして成長することが期待できるのです。越境学習は新たな社会の中で、ゆるぎない軸をもって挑戦し続ける人材を育成するためにも有効であるといえるでしょう。
【参照】経済産業省「越境学習によるVUCA時代の企業人材育成 導入事例紹介」|経済産業省(2020年12月)
https://www.learning-innovation.go.jp/recurrent/
人的資本経営コンソーシアムの設立
2022年8月、メガバンクグループや地方銀行、大手メーカーなど、320の法人が参画する官民一体の協議会「人的資本経営コンソーシアム」が発足しました。同コンソーシアムは、組織の枠組みを越えて知見を持ち寄ることで、人的資本経営の拡大を図ることを目的としています。
人的資本経営は、人材を企業の「資本」と捉え、その価値を高めることで企業の中長期的な発展につなげていく経営の手法です。最近では、投資判断の指標としても重視されるようになり、投資家が経営者に人的資本に関する情報開示を求める動きも強まっています。
しかしながら、人的資本の多様性や気候変動に対する取り組みといった非財務情報の開示は、日本企業ではあまり進んでいません。先行する欧米企業に追いつくべく、同コンソーシアムでは情報開示の在り方や、先進企業の事例を共有するなどして、人への投資を推進していくことを目指しています。
下記に、人的資本経営コンソーシアムで具体的に想定されている企業連携の一例を挙げてみました。
<人的資本経営コンソーシアムによる企業連携の一例>
- すでに積極的な人的資本経営を行っている企業の事例を共有する
- 連携して兼業・副業できる仕組みを設ける
- 時代の変化に対応できるスキルや能力などを従業員に身につけさせる「リスキリング」を推奨する
- 資産運用会社などと連携し、協力する投資家との対話の機会を設ける
【参照】経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~ 人材版伊藤レポート ~」|経済産業省(2020年9月)
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/kigyo_kachi_kojo/pdf/20200930_1.pdf
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越境学習のメリット
ここからは、企業と従業員の双方から見た越境学習のメリットを見ていきましょう。
企業側のメリット
・組織にイノベーションを起こす人材育成ができる
企業側にとって越境学習の最大のメリットとなるのが、人材の育成です。越境学習により、自社では習得できない業務経験やスキルを持った従業員を育てることができます。特に、ミドル世代やシニア世代のリーダーのもとで活躍の機会に恵まれない若手世代を、ベンチャー企業などに留学させてマネジメント経験を積ませることで、将来のリーダー育成にもつながります。
・他社のノウハウを採用できる
越境学習を経た従業員は、他社での業務を通じて身につけたノウハウを自社に還元します。同じ業界の同じ業務であっても、会社によりやり方がまったく違うことは珍しくありません。そうした他社のノウハウを取り入れることで、業務の改善や効率化を図ることができるようになります。
・人材の流出防止につながる
単に従業員に学びを推奨すると、他社に魅力を感じた従業員が離れてしまうリスクが発生します。しかし、企業が仕事や研修制度の一環として越境学習を取り入れることで、従業員は自社でのキャリア形成を前提として参加することになり、結果的に人材の流出につながりづらくなります。
・ミドル世代やシニア世代を活性化できる
今のような不確実な時代では、ミドル世代やシニア世代も、現在の環境で通用するスキルを磨き続ける努力が求められます。終身雇用の時代に入社し、長期間同じ仕事を続けてきた世代は、変化に順応する力が乏しくなりがちなもの。越境学習により、不活性化したミドル世代やシニア世代に刺激を与え、さらなるスキルアップを促すことができます。
従業員側のメリット
・自己成長やスキルアップにつながる
自社のマニュアルや常識が通用しない環境で働くことで、従業員はみずからの強みと弱みを再確認することになります。そして、みずからの強みは今後の仕事の軸に、弱みはこれから獲得すべきスキルや経験の目安になり、自己成長やスキルアップにつながるのです。
・転職せずに自分の力を試せる
転職するほど今の仕事に不満はないけれど、これまでに身につけたスキルが別の環境でどこまで通じるかを試したいと考えている人は、少なくないと思います。企業間留学・他社留学を選べば、転職のリスクを冒さず、今とは別の環境で自身の実力を試すことができるのです。
・仕事を客観視できる
別の環境で働いたり、研修を行ったりすることで、元々の自分の仕事や就業環境を客観視できるようになります。それにより、自分や会社の良い点・悪い点が明確になり、中長期的視野でみずからのキャリアプランを構築できるようになるのです。
越境学習のデメリット
越境学習には前述のようなメリットがある一方、デメリットも存在します。越境学習のデメリットについても押さえておきましょう。
企業に一定の負担はかかる
従業員を選抜して他社に行かせるだけでは、越境学習は成り立ちません。まずは、適切な環境を提供してくれる企業を探し出し、従業員の受け入れのスケジュールを調整する必要があるため、マネージャーや人事担当者に一定の負荷はかかるでしょう。越境学習に行く従業員が担当していた業務についても、ほかのメンバーへの割り振りを考える必要があります。
なお、交換条件として越境学習の連携先企業から従業員の越境を受け入れる場合は、社内の受け入れ体制の準備も必要であり、それ相応の負担は避けることができません。
費用対効果の測定は容易ではない
人材育成では、育成の前後で従業員の変化を可視化し、施策の効果を検証して次に活かすのがセオリーです。しかし、越境学習の成果は定量化しにくく、効果をすぐに把握することは困難といえます。
社内外に越境学習の取り組みの成果を公表しても、「わかりにくい」「本当に効果あるのか」といった声が届くリスクはあります。
自発的に参加する従業員が集まらない
越境学習には、従業員本人の強い意思と意欲が必要です。制度だけを整えても、主体性・積極性がある従業員がいなければ参加する人材は集まりません。制度の構築が先走ってしまう可能性がある点はデメリットといえます。
越境学習を通じた学びの特徴
越境学習を通じた学びには、どのような特徴があるのでしょうか。越境学習だからこそ身に付けられる経験や視座について見ていきます。
紆余曲折、悪戦苦闘する中で学びを得る
一般的な研修は、研修を受ける人の共通のゴールと理想のルートがあり、効率的にゴールに到達することを目指します。一方、越境学習のゴールやルートは越境者次第です。一人ひとりが目の前の事柄と向き合い、悩んだり、遠回りしたりしながら自分なりのゴールを探す過程で学びを得ていくという特徴があります。
矛盾や葛藤が学習の原動力となる
組織の枠を越えて新たな環境で学ぶ越境学習では、これまでの常識と異なる場面に出合う可能性があり、越境者は矛盾や葛藤を感じることも多いでしょう。
そのときに得る複雑な感情も、越境学習でなくては味わえないものであり、学習の原動力にすることができます。
もがくことも重要な経験となる
現業とは異なる環境は、思いがけないことや知らなかったこと、これまで習ったやり方とは違うことの連続です。時には失敗することもあるでしょう。
成功体験ばかりでなく、失敗してもがいた経験も、越境学習で得られる重要な学びです。
ホームとアウェイを俯瞰的に比較できる
越境学習では、ホームとアウェイを往還することによって双方の環境を俯瞰できます。そのため、自身やその場の周囲の人々に足りないスキルや経験を客観的に把握した上で、自分の最大限の力を発揮しようという思考が身に付くでしょう。
ホームに戻ったときの葛藤も学びとなる
越境先で得た気づきや学びは、ホームに戻ったときに新たな葛藤を生む可能性もあります。例えば、ホームの企業に不足している要素が見つかるかもしれません。
しかし、その葛藤は、越境学習を経験したからこそ生まれるもの。越境学習以後は、それ以前の常識にとらわれることなく、より良い組織づくりに貢献できる可能性があります。
必要なリソースを集められるようになる
追い込まれることもある越境学習の中で懸命に学べば、周囲の協力やサポートを受けるケースも多々あるはずです。そこで得た経験やネットワークは、越境学習経験者ならではの得られる財産ともいえます。
越境学習を経験すれば、ホームの企業に戻っても、越境先や所属先双方の仲間の中からミッションに必要なリソースを集めることもできるでしょう。
越境学習の効果を高めるために確認しておきたい事項
越境学習を始める前に、いくつか確認しておきたい点があります。組織として体制を整え、従業員との相互理解にもとづいて実践することで、越境学習の効果をより高めることができるようになります。
1. 越境学習に従業員は納得しているか?
先程、越境学習にはさまざまな形があることをご紹介しました。基本的に就業時間外での参加となるプロボノやワークショップ、ビジネススクールへの通学などは別として、在籍出向や企業間留学、他社留学のように別組織に所属して働く場合は、留学をする従業員との話し合いの場を事前に設けましょう。
特に、組織に対する愛着が深い従業員の場合、一方的に出向や留学を指示されることにより、「自分は会社に不要なのかもしれない」と感じてしまう可能性があります。特に、下記の3点については、従業員が納得するまで話し合いをするべきです。
・今回の越境学習の目的
越境学習とは何か、また、企業側から声をかけた場合は選出の基準は何かといったことを従業員に伝えれば、相互理解が進むはずです。その上で、現職に籍は置いたままで、留学期間が終われば戻ってこられることも伝え、安心して臨んできてほしいと背中を押してあげましょう。
・今回の越境学習の意義
「他社の技術を習得して、さらなるスキルアップを果たしてほしい」「それにより、将来的に次世代のリーダーの一人として活躍してほしい」など、越境学習を通して実現してほしい将来像を具体的に伝えると、従業員も越境学習を実践しやすくなります。
さらには、そうした企業目線だけではなく、従業員自体にどんな変化が起こりうるのか、従業員にとっての越境学習の意義についても話しましょう。先にお伝えした従業員のメリットを参考に、自己成長につながることを伝えてあげてください。
・越境学習終了後の受け入れ体制
繰り返しになりますが、従業員には「戻ってこられるかどうか」はもちろん、「戻った後はどこに配属されるのか」「以前と同じ仕事をするのか」といった点を伝え、安心感を得てもらうことが大切です。
それと同時に、越境学習を終えた従業員が、スムーズに業務に戻れる環境も用意しておくことも伝えましょう。異なる経験をしてキャリアアップに近づいている社員を、ほかの社員がうらやむといった軋轢が生じないよう、終了後の環境整備も重要です。
2. 越境学習を自社都合だけで考えていないか?
越境学習を導入することの目的を、「自社に貢献できる人材」の育成だけに設定してしまうと、良い結果は得られません。組織の枠を超えて行うからには、従業員だけでなく、受け手側の企業にもきちんと目的を理解してもらい、互いにシナジーが生まれる状態を目指しましょう。
そのためには、単純に組織として育成したい人を選ぶのではなく、該当者が越境学習を自発的に望むかどうかを確認しておくのも重要です。そのモチベーション次第で、越境留学先での就業態度も変わるでしょうし、それが受け手側の企業内で、自社の評判が上がることにつながります。
3. 従業員が越境学習を志望する理由を確かめたか?
自発的に越境学習を望む従業員には、なぜ望むのかといった理由を確認しておきましょう。
例えば、下記のような理由が見え隠れしたら、現職への何らかの不満を糸口とした越境学習となってしまい、受け手側の企業にもマイナスの影響を与えかねません。
- 現職のポジションや評価に不満があり、キャリアを模索したいと考えている
- 現職の人間関係から逃れたい
- 現職の収入に不満があるため、副収入を得たい
- 将来に向けて転職先を探したい
「普段とは異なる場に身を置くことで、新しい知見を得る」という越境学習の意味を理解し、かつ越境学習によって組織に成果を還元できる人材かどうか、志望理由を聞くことで見極めましょう。
また、現職に対する不満がきっかけで越境学習を希望しているとわかれば、部署異動や配置換えなどの解決策を探ることもできます。
4. 自社のリソースは想定できているか?
越境学習に従業員が参加する際は、その参加した従業員の担当業務を誰かが肩代わりする必要があります。
充実した越境学習の環境を整えることは大切ですが、越境者が不在にしているあいだの会社の在り方については、事前によく検討をしておきましょう。
自社内のリソースが不足していれば、派遣社員の活用や新規採用などで新たにコストがかかり、越境学習の成果以上に持ち出しが増える可能性はゼロとはいえません。
また、越境学習の環境づくりにも一定の時間的コスト、金銭的コスト、人的コストがかかります。越境学習の連携先を見つけて交渉する、条件面を決めるといった作業も洗い出し、リソースの割り振りはしっかりと想定しておくことが肝要です。
越境学習を導入した企業の事例
ここからは、実際に越境学習を導入し、従業員の成長につなげている企業の事例をご紹介します。越境学習でどのような成果が得られるのか、事例を通して具体的に見えてくるはずです。
NECマネジメントパートナー:
自分の業務が社会課題に与える影響を知り、仕事に向き合う姿勢が変わる
NECマネジメントパートナー株式会社は、企業のパーパス(企業の存在意義)として「社会価値の創造」を掲げていることから、従業員が実際に社会課題の現場に赴き、自分自身の業務がどう社会課題に活きているのか、どう社会課題を解決しうるのかを体感することを重視しています。
具体的には、経営幹部向けのリーダーシップ開発プログラム、および若手・中堅従業員向けの人材開発プログラムにおいて、階層や状況に応じて複数の越境学習を導入。テクニカルなスキルではなく、マインドセットなどを強化する研修の中で、パーパスを参加者一人ひとりの中で自分事化することを目指しています。
実際に行われているのは、下記のような越境学習です。
<実践されている越境学習>
- 社会課題解決に取り組むプレーヤーや専門家のレクチャーおよびワークショップを通して、社会課題を理解する
- 現場の視察や現場の人々との対話を通じて、より深く社会課題を理解・体感する
- NPOや社会的企業が取り組む課題解決および新規事業創出に、一部工数を使って参加する
- NPOや社会的企業が取り組む課題解決および新規事業創出に、フルコミットで参加する
従業員が実践的な越境学習を経験したことにより、下記のような成果が上がっています。
<越境学習以前の課題>
- 業務が縦割りになり、自社の枠組みの中で仕事をしている
- 受け身の仕事が多い
- イノベーションへの抵抗感が強い
<越境学習による成果>
- インドの社会的企業のもとで半年間課題解決に取り組んだ後、現地の予防医療促進につながる健康診断サービスを事業化する従業員が誕生
- 社会に対して問題意識を持つ従業員の増加
- 従業員のマインドセットが変わり、キャリアの自律性が向上
越境学習で得られる学びは人によって異なり、多様です。そのため同社は、学びを言語化して従業員の行動につなげるためのフォローにも力を入れています。
花王グループカスタマーマーケティング:
リーダー育成研修を越境学習に一新し、主体的な気づきを獲得
これまで長く企業を支えてきたリーダー層は、社内をよく知り、経験が豊富であるがゆえに社内の枠にとらわれたり、自分の力を過信してしまったりする傾向もあります。同社も、今一歩殻が破れずにいるリーダーたちの存在や、彼らに対する研修が大きなイノベーションを起こすような発想や事業につながっていないことに対して課題を抱いていました。
そこで花王グループカスタマーマーケティング株式会社では、「過去にない大きな社会変容の中で会社を成長させてイノベーションを起こすには、今までにない従業員の育成が必須である」として、既存のリーダー研修を一新。紋切り型の研修や日常業務の延長では得られない気づきの獲得を促すため、2020年から越境型の人材育成支援プログラムを実施しています。
ESG戦略を掲げている同グループにおいて、社会課題を意識して仕事をすることは重要です。しかし、これまでの研修を行っていた頃は、課題を自分の仕事に関連付けて捉えている人はあまり多くなかったといいます。
また、社内研修だったため、参加者同士がお互いのポジションや仕事上の関係を意識して、闊達な議論になりにくいことも課題でした。価値観や発想の似た人が集まるため、自身やグループの課題の振り返りにつながるような摩擦も起きにくい傾向があったのです。
こうした課題の解決に向けて取り入れた越境学習によって、得られた成果は下記のとおりです。
<越境学習による成果>
- 正解を教える研修とは異なり、ゼロから正解を模索しなければならず、主体的に学ぶようになった
- 価値観や考え方の異なるメンバーとの対話を通じて、固定観念がなくなった
- グループの看板がない状態での協働によって自分の弱みが明らかになり、行動を変えることにつながった
- みずからつかみ取った答えにより、自分の中にぶれない軸ができた
- 未知の領域にチャレンジし、変革を推進しようとする意思が従業員の中に育った
【参照】経済産業省「越境学習によるVUCA時代の企業人材育成 導入事例紹介」|経済産業省(2020年12月)
https://www.learning-innovation.go.jp/recurrent/#c05
越境学習で、イノベーションに挑む企業風土づくりを進めよう
企業の枠を越えて、社会課題の現場や自社以外の組織で学ぶ越境学習は、参加する従業員の固定観念を取り払い、価値観を一新できる可能性があります。社会課題を解決する取り組みと、その情報開示が企業に求められる今、社会課題を自分事として捉え、仕事に活かせることも越境学習の大きな意義だといえるでしょう。
別の組織で学ぶ越境学習は、成長意欲の高い従業員のさらなる成長を促すことが可能です。従業員のモチベーションが高まるだけでなく、受け手の企業での自社の評判が高まるといった効果も期待できます。
社会の変化に柔軟に対応し、組織の成長を停滞させない実行力を持つリーダーを育てるためにも、異なる環境での学びはとても有意義だといえます。
一方で、まだ一般的には、越境学習の意味や意義が浸透しているとはいえません。そのため、越境学習を前向きに捉える企業風土づくりから取り組む必要があります。
社外で得た経験や知見が、自社の組織や事業にどのように活きてくるのかをきちんと説明し、越境学習に対してポジティブな空気を醸成していくことが大切です。説明を充分に果たせば、主体的に参加しようとする従業員が増え、自社内で越境学習が活性化する好循環が期待できます。また、越境学習にかかるコスト面についても、事前によく検証することをおすすめします。
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【企業間留学事例】
<監修者> |