リスキリングを成功に導く7つのアクション
文/中澤 仁美(ナレッジリング) 撮影/和知 明(株式会社BrightEN photo) 取材・編集/ステップ編集部 |
2022年10月の岸田総理の所信表明演説では、リスキリング支援に5年間で1兆円を投じることが表明されました。同年の新語・流行語大賞にもノミネートされるほど注目された「リスキリング」という言葉ですが、その意味を正しく理解している人はまだまだ少ないようです。いち早くリスキリングの重要性に着目し、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブの代表理事として普及に努める後藤宗明さんに、組織がリスキリングを成功に導くポイントを教えていただきました。
後藤宗明(ごとう・むねあき) 一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ 代表理事/SkyHive Technologies 日本代表 早稲田大学政治経済学部卒業後、1995年に富士銀行(現みずほ銀行)入行。2002年、グローバル人材育成を行うスタートアップをニューヨークにて起業。2008年に帰国し、米国の社会起業家支援NPOアショカの日本法人を2011年に設立後、米国フィンテック企業の日本法人代表、通信ベンチャーの国際部門取締役を経て、アクセンチュアにて人事領域のDXと採用戦略を担当。2021年、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立。2022年、カナダ初のリスキリングプラットフォームSkyHive Technologiesの日本代表に就任。同年、初の著書『自分のスキルをアップデートし続ける リスキリング』(日本能率協会マネジメントセンター)を上梓した。 |
リスキリングの目的は「成長産業への労働移動」
皆さんは「リスキリング」と「学び直し」をイコールだととらえていませんか? 実はその考え方、大きな誤解を含んでいます。私がリスキリングを初めて知ったのは、テック企業の海外営業として米国出張していた2016年のこと。デジタル人材の育成に関する国際会議の 場で、耳慣れない“reskilling”という単語が頻出していたのです。この背景には、2013年にオックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授らが発表した論文“The Future of Employment”の存在があります。「今後10~20年の間に米国の総雇用者の47%の仕事が自動化されるリスクが高い」と説く衝撃的な内容だったのですが、こうした技術的失業を解決する有効な手段の一つとして、リスキリングが注目され始めていました。
技術的失業というと大げさに聞こえるかもしれませんが、実は私たちの身近でも現在進行形で起こっていることです。例えば、NTTドコモは全国の販売店(ドコモショップ)を2025年度ごろまでに3割程度(約700店舗)減らす見通しと発表していますし、ファミリーマートでは飲料補充AIロボットの導入を進めています。こうした動きにより、人間に求められるスキルが変わっていくことは間違いありません。自動化されるなどしてなくなってしまう仕事から成長産業・事業に労働移動するため、従業員の職業能力を再開発することこそ、リスキリング本来の目的です。「学び直し」は、あくまでもリスキリングの一部にすぎないとイメージしてください。
「『学び直し』はリスキリングの一部にすぎない」と話すジャパン・リスキリング・イニシアチブの後藤宗明代表理事
ここで注意したいのは、“reskill”(スキルを再習得させる)は他動詞だということです。主語と目的語に何が入るか分かりますか? そう、リスキリングの主語は、あくまでも組織。従業員などの個人は目的語として置かれ、実施主体は企業や行政なのです。したがって、リスキリングは業務の一環として就業時間内に行うことが基本だと覚えておきましょう。
可視化・定量化でスキルを棚卸し
企業主導のリスキリングとして代表的な成功事例をご紹介します。中東のある伝統的な製造企業では、プラスチックの包装や印刷を主力事業としていましたが、2018年にSDGs時代を見越してデジタル分野への移行プロジェクトを開始。企業内大学を立ち上げて全従業員の半数をリスキリングした結果、工場がスマートファクトリー※として生まれ変わったばかりか、新たにスタートした製造業向けのデジタル変革コンサルティング事業が売上全体の約3割を占めるようになりました。
※スマートファクトリー:製造工程だけでなく、設計から保守に至るまでのビジネスプロセスの全体をDX化した工場のこと。
このようにリスキリングを力強く推進するためには、経営戦略と人事戦略を一致させた全社プロジェクトとして進めることが肝心で、やみくもに着手しても思うような効果を得ることは困難です。「とりあえずAIの講座を受講させる」といったことをやりがちですが、無目的では従業員のモチベーションを保つことが難しく、活用の場がなければスキルの習得にも至らないでしょう。具体的には「戦略」「制度」「評価」「教育」「資格」「配置」「報酬」という7つのアクションが必要になるため、それぞれ順番に見ていきましょう。
一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ作成「リスキリング推進に必要な7つのアクション」
「戦略」はリスキリングの大前提ともいえるステップで、自社の事業をどう展開していくか将来の見通しや方向性を検討し、従業員へ明確に示すこと。それを実現するため必要になってくるスキル(future skills)を、人事部門と協働しながら部門ごとに策定します。そして、リスキリングを行うために必要な社内の「制度」を整えます。先にもお伝えした通り、リスキリングは就業時間内に行う業務なので、デジタル化や働き方改革が必要になるケースも多いでしょう。睡眠時間を削って猛烈に勉強するような「学び強者」を想定した制度では、従業員に過剰な負担がかかり成果に結び付きません。
それらと同時並行で進めていきたいのが「評価」です。従業員が持っているスキル(current skills)を可視化することで、future skillsとのギャップ(=スキルギャップ)を明確にしていく作業だともいえます。スキルの可視化・定量化という領域では、近年テクノロジー(特にAI)の活用が著しく、私が日本代表を務めるSkyHive Technologiesのサービスもその一つです。そもそもスキルを細分化してカウントすると10万近くあるといわれており、特にデジタルスキルでは主流となるものが常に移り変わっているため、人間がすべてを把握してフラットな目線で評価することはできません。しかし、AIを用いると自己認識より多くのスキルが「発見」されるケースが多く、その人をより正しく評価できるでしょう。
学びを「見える化」し、適切な配置と報酬を!
スキルギャップが明確になったら、それを埋めるための「教育」について具体的な方法を検討していきます。「オンライン研修と対面の箱型研修のどちらが優れているか?」と二項対立で考えるのではなく、スキルの領域ごとに適した方法を設計するようお勧めします。例えば、オンライン研修は好きな時間・場所で受講できるメリットがある一方、脱落率がどうしても高くなります。一方、対面で行う箱型研修では時間や場所の制約があるものの、学習者同士のコミュニティーが形成されやすく、学び合いの効果が期待できるでしょう。
教育により知識やスキルが身に付いたら、それを「資格」として証明することも重要です。これに関して近年高い注目を浴びているのが、マイクロクレデンシャルという概念。これは、学習内容を詳細な単位に分けて個別に認証することを指し、ブロックチェーンの技術を用いたデジタルバッジ(電子証明書)の普及とともに活用が進められてきました。従業員にバッジが付くことでより適性に合った配置転換を行いやすく、抜擢のチャンスも高まります。こうした情報を開示することで、「この企業に行けばリスキリングさせてもらえる(=成長できる)」という強いアピールになるため、採用のツールとしても生かせるでしょう。
そして、習得したスキルは仕事で使わなければ忘れてしまうので、スキルが生きる場に従業員を「配置」するなど、学びを生かす体制づくりを行います。社内公募制度や社内インターンシップ制度を導入するのもいいですね。さらに、スキルアップに応じた「報酬」を用意することも欠かせません。リスキリングの結果、市場価値が高まった従業員を社内にとどめるためには、スキルに基づく昇給・昇格制度が必須だといえます。
「習得したスキルを仕事に生かす体制づくりとスキルアップに応じた昇給・昇格制度が大切」と語る後藤代表理事
マイナビさんは出向支援や企業間留学といったサービスを展開していますが、こうした体験はリスキリングという観点からも意義深いと考えています。リスキリングをしても実践の機会が少ないと悩む企業は多いので、自社とは異なるアウトプットの場が用意できるなら素晴らしいですね。スキルだけでなく新たな文化を学んで帰ってくることも期待できます。ただし、デジタル化が進んでいない企業同士で人材交流をしても、当然ながらデジタル化にはつながらないでしょう。お互いの相性が大切なので、マイナビさんのようにマッチングのプロの手を借りるのも一案だと思います。
「自ら学ぶ姿勢」を経営者が持つことの大切さ
私が日本でリスキリングを広める活動を始めたのは、2018年のことでした。当初はこの考え方を理解してもらうこと自体難しく、普及が進まないことに少なからず焦りを感じていました。潮目が大きく変わり始めたのは新型コロナウイルス感染症が拡大した2020年からで、いわば職場のデジタル化が強制的に進むきっかけとなりました。2021年の元日には日本経済新聞で「リスキリング」の言葉が紹介されるなど少しずつその重要性が認知され始め、2022年10月の岸田総理の所信表明演説につながっていくわけです。これ以降、主婦向けの情報番組でも特集が組まれるなど、リスキリングは急速に一般化していきました。
経営者層に意識していただきたいのは、皆さんが「自ら学ぶ姿勢」を持つことが必要不可欠だということ。マネジメント層の積極的なコミットメントがプロジェクト成功のカギになるのは当然のことですが、それだけではありません。トップが学び続けなければ、経営判断を誤りかねないからです。特に、デジタル技術に疎いことは決定的な弱点になる可能性もあり、経営者自身が知識をアップデートし続けることが重要です。そうでなければ、近い将来、リアルタイム翻訳可能なスマートグラスが使われるようになってもなお、従業員の英語力を上げることに投資し続けているかもしれません。
「経営者自身が知識をアップデートし続けることが重要です」と呼び掛ける後藤代表
人間は変化を恐れる生き物ですから、「今のところは事業が成り立っているから、このままでいいだろう」と考えてしまいがちです。しかし、そうしてリスキリングから目を背けていれば、遠くない将来、組織(または自分自身)に致命的な危機が訪れかねません。現状維持バイアスから抜け出し、未来に向かって着実な前進ができる組織こそ、これからの時代にも生き残ることができるでしょう。
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