在籍型出向で申請できる!産業雇用安定助成金の使い方
文/深石 圭介 社会保険労務士
こんにちは、社会保険労務士の深石圭介です。
今回のテーマである、在籍型出向を支援する産業雇用安定助成金は「経営状態は厳しいが、社員の雇用を守りたい」と考えている企業はぜひ活用したい制度です。産業雇用安定助成金の要件や申請の流れ、提出書類から、令和4年12月に新設されたコースおよび令和5年に新設される予定の新たなコースについて解説します。
目次[非表示]
- 1.産業雇用安定助成金とは?
- 1.1.雇用維持支援コース:不況等による雇用維持に出向させる場合の助成金
- 1.2.スキルアップ支援コース:他社でスキルを学ぶために出向させる場合の助成金
- 1.3.事業再構築支援コース:新分野に「会社・部門ごと出向しよう」という助成金
- 2.「雇用維持支援コース」の重要な要件・実務の流れ
- 2.1.重要な要件
- 2.1.1.出向先はどこか?:どのような出向形態か?助成金の出る出向形態とは
- 2.1.2.生産量要件:出向元は売上が落ちていなくてはならない
- 2.1.3.雇用量要件:出向先は雇用する人数が落ちていてはならない
- 2.1.4.対象者の選定:無理やり出向させていないか?
- 2.2.実務の流れ
- 2.2.1.出向の計画
- 2.2.2.計画届の提出
- 2.2.3.<出向元事業主:主な提出書類>
- 2.2.4.<(出向先事業所):主な提出書類>
- 2.2.5.出向の実施
- 2.2.6.支給申請
- 2.2.7.労働局の審査・支給決定、支給額の振込
- 3.「雇用維持支援コース」のメリットとは?
- 4.「雇用維持支援コース」申請のポイント
- 5.令和4年12月に新設された「スキルアップ支援コース」のポイントは?
- 6.令和5年に新設予定の「事業再構築支援コース」のポイントは?
- 7.まとめ
産業雇用安定助成金とは?
産業雇用安定助成金とは、政策的に雇用調整の「手法」を転換させるための助成金です。雇用調整助成金コロナ特例と違い、人材を「休業」させるのではなく、「出向」によって雇用調整を行おう、それによって成長分野への労働移動を行うような人材を育てよう、というものです。令和4年度末~令和5年度までに以下の3コースをそろえることになりました。
雇用維持支援コース:不況等による雇用維持に出向させる場合の助成金
これまで単体であった産雇金の「不況出向バージョン」です。出向元の売上が落ち、出向先の雇用量が落ちていないことなどが要件です。ただし雇用調整助成金コロナ特例の簡易さに押されて、なかなか活用されていない現状もあります。令和3年2月に創設され、2年弱で出向実施計画届受理件数は1万6千人ほどです。(令和4年9月時点)
スキルアップ支援コース:他社でスキルを学ぶために出向させる場合の助成金
「不況だから仕方なく他社で仕事をする」ではなく、「他社へ出向してスキルアップして戻って来よう」という建設的な出向のための助成金です。助成金額は雇用維持支援コースより落ちますが、対象者の同意が得られやすいものになります。令和4年12月に創設されました。
事業再構築支援コース:新分野に「会社・部門ごと出向しよう」という助成金
令和5年に新設予定で、新事業のコア人材の賃金を補填する助成金です。人材を移動させるために、新分野・新事業部門を立ち上げる際、外部などから人材を雇用した場合はその人材の人件費の一部が定額で助成されます。
現在創設されているのは3コースのうち2コースですが、出向=成長分野への労働移動を目指すという考えで出向を促進するという共通の目的があります。
「雇用維持支援コース」の重要な要件・実務の流れ
ここでは、令和3年2月に創設された「雇用維持支援コース」の要件と実務の流れを解説します。主な要件は以下の通りで、それぞれクリア方法は複数あります。
重要な要件
出向先はどこか?:どのような出向形態か?助成金の出る出向形態とは
出向は、グループ会社が多々ある大企業では長年行われてきた雇用調整手法でした。しかし親会社・子会社という関係では、お互いの企業の資本の共通性、兼務取締役の数などが問題になり、あまり共通性が多いと助成金の対象としては認められなくなる可能性もあります。
ただ数年前と比べるとだいぶ緩和され、ケース・バイ・ケースで判断されるようになりました。また、出向先がない場合でも「産業雇用安定センター」やマイナビ出向支援など民間の出向あっせんサービスを使う手もあります。雇用する雇用保険被保険者に対して1カ月以上2年以内の期間で実施した出向について支給対象となります。
また、出向形態は7種類ほどあります。難しいことではなく、要は出向元と先と、どちらがどれだけ給与を出し、社会保険料、所得税その他を負担するかという問題です。給与を支払うのは出向先であっても、出向元が一部を負担する、というのが一般的ですが、ここは出向元先両者の関係性により複雑な負担割合になることも。
図1:出向元事業主・出向先事業主間の賃金の負担関係7種類
出向元事業主・出向先事業主間の賃金の負担関係7種類
出典:厚生労働省「産業雇用安定助成金ガイドブック-雇用維持支援コース-」
生産量要件:出向元は売上が落ちていなくてはならない
これは出向元のみの要件で、生産指標要件ともいいます。売上高または生産量が一定以上減少していることです。具体的には、次のいずれかに該当する必要があります。
〇生産指標の最近1カ月の値が、平成31年1月から最近1カ月の1年前までのいずれかの同じ1カ月の値に比べ5%以上減少していること。(出向期間延長時はこの比較のみ)
【例】最近1カ月が令和4年12月の場合
平成31年1月から令和3年12月までのいずれかの同じ1カ月となるため、平成31年3月または令和2年3月などの自由な1カ月の値と比べます。
〇生産指標の最近1カ月の値が、計画届を提出した月の1年前の同じ月から、計画届を提出した月の前々月までの間の適当な1カ月の値に比べ5%以上減少していること。(出向期間延長時はこの比較は使えません)
雇用量要件:出向先は雇用する人数が落ちていてはならない
これは出向先のみの要件です。雇用保険被保険者数と受け入れている派遣労働者数による雇用量を示す指標(雇用指標)が一定以上減少していないことを指します。具体的には、次のいずれかに該当する必要があります。
〇雇用指標の最近3カ月間の平均値が1年前の同じ3カ月間の平均値に比べ、大企業の場合は5%を超えてかつ6人以上、中小企業の場合は10%を超えてかつ4人以上減少していないこと。
〇雇用指標の最近1カ月の値が、計画届を提出した月の1年前の同じ月から計画届を提出した月の前々月までの間の適当な1カ月の値に比べ、大企業の場合は5%を超えてかつ6人以上、中小企業の場合は10%を超えてかつ4人以上減少していないこと。この基準で比較するのは比較する3カ月間がない場合(社歴の若い事業など)に限ります。
対象者の選定:無理やり出向させていないか?
出向する人は、基本は助成金を受けようとする出向元事業主に雇用され、本助成金の出向の対象となりうる雇用保険被保険者であって計画届に記載のある労働者です。
ただし、令和4年12月1日以前に提出した計画届に基づく出向については、次の(1)~(3)、令和4年12月2日以降に提出した計画届に基づく出向については、(1)~(6)までのいずれかの要件に該当する者は除きます。
(1)出向計画期間の初回の出向した日の前日時点において、出向元事業主に引き続き被保険者として雇用された期間が6カ月未満である方。
(2)解雇を予告されている方、退職願を提出した方、事業主による退職勧奨に応じた方(離職の日の翌日に安定した職業に就くことが明らかな方を除き、それらの事実が生じた日までの間は対象労働者として扱います)
(3)日雇労働被保険者。
(4)定年後の雇用継続等をして、高年齢被保険者となった方。(特例高年齢被保険者。複数の事業主に雇用される65歳以上の労働者について、本人の申出に基づき、雇用保険の高年齢被保険者となることができるもの)
(5)本助成金の受給にあたり、事業主間の関係性において独立性が認められない事業主から、当該事業主において雇用される労働者に該当せず雇用保険被保険者になれない者(役員、同居の親族、個人事業主等)を雇い入れた場合の労働者。
(6)出向元において雇用される労働者に該当せず雇用保険被保険者になれない者(役員、同居の親族、個人事業主等)を2以上の事業主間(事業主の関係性は問わない)で相互に交換し雇い入れ、相互に労働者となっている場合の当該すべての労働者。
要は社長などの親族でなければ、新入社員や辞める予定の方以外は対象になるということですが、重要なのは対象者の同意が必要なことです。むりやり出向命令を出して従わせる、ということは避け、対象者に正直なところを話して理解を得るようにしましょう。
実務の流れ
実務の流れは計画→出向→毎月申請が基本です。出向元が書類をまとめて都道府県労働局で手続きを行う必要があります。
出向の計画
前述した出向先の選定、生産量要件、雇用量要件、対象者の選定を順に検討し、クリアできることがわかれば、対象者に通知し、出向協定書の作成から始めます。
計画届の提出
出向を開始する前日までに提出しましょう。
<出向元事業主:主な提出書類>
・出向実施計画(変更)届
どういう事業所で、どのくらいの期間出向するかを記載します。
・出向初期経費に係る計画届
賃金のほか、研修や就業規則、出向契約書の整備、労働者の転居などかかる経費を支払うのかを記載します。
・事業活動の状況に関する申出書及び確認書類
生産量要件について。生産量が減っていないか?その証拠書類(月次決算書など)も添付します。
・出向先事業所別調書
事業所の数がどれくらいあるかを記載します。
・出向に係る本人同意書
対象者が同意しているかを記載します。これに基づいて、後ほど対象者に送られてくる確認票もあります。
・出向協定書
出向規程として就業規則に規定することも可能です。主な記載事項は以下の通りです。
〇出向実施時期・期間:開始日と末日を定める。
〇出向の形態と雇用関係:出向元事業所においては出向期間中休職扱いとすることが定められていること。
〇出向期間中の賃金:出向元と先のどちらが支払うか。
〇出向期間中の雇用保険の適用:出向元と先のどちらで行うか。
〇出向元事業主および出向先事業主の間の賃金の負担・補助等
・出向契約に関する書類(出向契約書)
出向協定書と記載事項は似ています。
これらの提出書類については、「産業雇用安定助成金ガイドブック-雇用維持支援コース-」にひな形がありますので参考にしてみてください。
厚生労働省「産業雇用安定助成金ガイドブック-雇用維持支援コース-」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000082805_00008.html
<(出向先事業所):主な提出書類>
・出向実施計画(変更)届
どういう事業所で、何人雇用しているかを記載します。
・出向初期経費に係る計画届
出向元が提出するものと項目は同じです。出向先で負担するならば記載します。
・雇用指標の状況に関する申出書及び確認書類
雇用量要件。雇用量が減っていないかを記載します。
出向の実施
とにかく、仕事ができるように従業員を訓練することが重要です。事前に教育訓練が必要なら、それにも助成金が出ますので、必要なら講師の手配やカリキュラムなども作成しましょう。それらの経費も助成金の対象になることがあります。
ただし計画提出時に「出向初期経費に係る計画届」に記載する必要があるので、出向前に検討する必要があります。
支給申請
1~6カ月のスパンで支給申請します。計画申請時に選び、期間が経ってから2カ月以内の申請が必要です。
<申請書類>
・産業雇用安定助成金支給申請書(出向元・先、共通)
・産業雇用安定助成金出向初期経費報告書(出向元・先、共通)
研修費用などの内訳です。
・出向元事業所賃金補填額・負担額等調書、出向先事業所賃金補填額・負担額等調書
出向元、先がそれぞれどれだけ賃金を払ったか、金額を計算する書面です。
・支給対象者別支給額算定調書(出向元・先、共通)
出向前後に払った賃金が85~115%に収まっているかなど、賃金と経費を総合して助成金額を計算する書面です。
・その他支給要件確認申立書 等
労働局の審査・支給決定、支給額の振込
疑義がある場合には労働局より連絡があり、追加の書面や申立書などを提出することになります。
「雇用維持支援コース」のメリットとは?
雇用調整の手段もさることながら、会社にとっての販路や営業の拡大、異業種への転換、人材の活用法のヒントにつながります。売上の減っている会社から、雇用の減っていない会社へ出向させることにより、人材が出向先でノウハウを学び、また、出向元にそのノウハウをもたらすことによって、異業種進出などにもつながるのです。
「雇用維持支援コース」申請のポイント
そもそも出向先をどう選ぶか?→産業雇用安定センターの活用
出向先がそもそもない、雇用量要件に合う企業がないなど、出向先やグループ会社などを持たない中小企業では「産業雇用安定センター」を使う手もあります。
産業雇用安定センターは厚労省の外郭団体、ひと言でいうならば「出向のハローワーク」です。出向者と出向元企業、それに出向先企業のニーズをマッチングさせる機関になります。手続きやマッチング手数料などは公的機関ですから無料です。また、有料ですが民間で出向元の都合に合わせた出向支援やマッチングを行っている企業もあります。
提出書類が多すぎるという課題→電子申請も可能
この助成金は出向元、先の2社分の資料を集めなければならず、書類がとても多いのです。厚生労働省の「産業雇用安定助成金(雇用維持支援コース)」には、チェックリストや、助成金額を出向形態別に自動計算するエクセルの書式もあります。ぜひ活用してみてください。
また、電子申請も可能です。支給申請は複数回ありますが、最初の1回をクリアすれば後はフォームを書き換えるだけなので、ほかの助成金よりも負担は軽減されるでしょう。
令和4年12月に新設された「スキルアップ支援コース」のポイントは?
産業雇用安定助成金は、不況時の雇用調整の手段としての出向を助成するものでした。しかし今回新設されたこのコースは、スキルアップの手段としての「前向きな」出向を助成します。
出向の計画→出向→支給申請のしくみはこれまでの雇用維持支援コースと同じです。助成金額は減りますが、出向元の生産量要件がなくなります。ただ出向先の雇用量要件はあり、出向後、出向元での5%の賃金アップが要件になります。
また、何かを学んできて会社に貢献する「スキルアップ計画」が必要で、出向人材の仕事の棚卸しが必要になります。
令和5年に新設予定の「事業再構築支援コース」のポイントは?
これまでの2コースとは趣旨が違う助成金になります。個人の出向ではなく、会社自体がこれまでとは違う事業に円滑に進出するためのものです。
その「事業再構築」の前後を通じてこれまでいる労働者の雇用を確保した上で、当該事業再構築に必要なコア人材(専門的な知識等を有する年収350万円以上の者)を雇い入れた事業主が対象です。コア人材の人件費の一部を助成します。
この助成金の構造は11年前まであった「中小企業基盤人材確保等助成金」に似ています。在来の助成金のスキームが復活することは雇用関係の助成金によくあるのですが、従来通りのスキームならば「業務改善計画」(新事業に進出する動機や今後の見込みを記す経営計画)や「不動産要件」(新事業に必要なオフィスの広さの証明)などが復活するのかどうか、注目されています。
まとめ
産業雇用安定助成金は、一連の「人への投資」政策から出たものです。つまり、人を採用し、教育訓練してレベルアップし、正社員化、賃上げも行って国民所得を上げて日本を再び国民全体で豊かな国にしていこう、という流れの中で、労働移動という要素も不可欠なのです。
なぜなら衰退する産業にいつまでも人材を置かず、訓練して改めて成長産業で働いてもらう動きが重要だからです。職務給の導入やDX教育、技術の増進も、年功序列から脱することが目的です。個人のみならず企業も、新しい時代に即するリスキリング(学び直し)、新分野進出を行う気運が高まっています。そのための労働移動であり、スキルアップであり、事業再構築なのです。
この助成金の申請を契機に、会社の新時代に向けた人材活用の手法の1つを確立させる「人への投資」を促す動きにし、明るい未来を切り開きたいものです。
深石圭介(ふかいし・けいすけ) 社会保険労務士 労務管理事務所新労社代表 1992年新潟大学法学部卒業。以後、会計事務所に入所。さまざまな業種の企業へのサービスで主として労務分野のコンサルティングを経験。 2004年に開業。得意分野は雇用関連助成金の申請、それに引き続く中小企業のための実践的な労務管理制度運用の提案。現在は賃金アップを含めた「新しい資本主義」助成金に注目し、さまざまなコンサルティング・ツールを用いて実践中。著書として「雇用関係助成金 申請・手続マニュアル」(日本法令)がある。 |
マイナビ出向支援
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