日本医療政策機構今村さんに聞く。「女性の健康」を力強く支える、一歩先ゆく健康経営企業の取り組み事例とは?
女性ならではの健康課題への対応は、今や健康経営の一環として欠かせないものになっています。しかし、女性特有の症状や妊娠といったデリケートなテーマを扱うこともあり、何から着手すべきか悩む経営者も少なくないでしょう。その参考にしていただくため、助産師としての臨床経験を生かしながら日本医療政策機構で医療政策に携わる今村優子さんに、実際に企業で行われている取り組み事例を伺いました。
取材・文/中澤 仁美(ナレッジリング) 撮影/和知 明(株式会社BrightEN photo) 編集/ステップ編集部 |
今村 優子(いまむら ゆうこ) |
ヘルスリテラシーの重要性がデータ上でも明らかに
今の時代、女性の活躍が企業にとって欠かせないことは言うまでもありませんが、それをサポートすることの重要性の一端を「働く女性の健康増進調査2018」(日本医療政策機構)のデータが明らかにしています。月経前症候群(PMS)、月経随伴症状、更年期障害により「元気な状態と比べて仕事のパフォーマンスが半分以下になる」と回答した女性は、なんと約半数に上ったのです。
これだけの女性が毎月のように、人生における短くない期間を、心身が厳しい状態で頑張り続けていることに、多くの男性は驚くのではないでしょうか。もっとも、これらの症状には個人差が大きく、実は女性同士ですら互いのつらさを分かり合えないことがあります。だからこそ、客観的なデータとして実態を示せたことに、大きなインパクトがあったと思います。
そもそもこの調査は、女性の健康増進に関する女性自身の知識や社会のサポートがいまだ不十分であることを受け、仮説を設定し実施しました。女性自身のQOL向上という観点からはもちろんのこと、仕事のパフォーマンス低下による損失を軽減できるという観点から考えても、企業が女性の健康を支援することの意義は明らかです。
とはいえ、完全に避けることは難しいこれらの症状を持つ女性に対して、企業ができるのはどんなことでしょうか。それを検討するために注目したいのが、「ヘルスリテラシーが高い人ほど仕事のパフォーマンスへのダメージが少ない」というもうひとつの調査結果です。優れたヘルスリテラシーがあれば女性特有の症状があっても対処しやすく、妊娠や不妊治療のタイミングにも良い影響をもたらすことが明らかになっています。
本調査では、女性に関するヘルスリテラシーを「女性が健康を促進し維持するため、必要な情報にアクセスし、理解し、活用していくための能力」と定義しています。一般的な知識の習得に加えて、情報の取捨選択、医療関係者などへの相談、女性特有の症状への対処といった行動を包括した概念だといえるでしょう。
このヘルスリテラシー向上につながる企業の取り組みとして、具体的には次のようなことを提言しました。以下に、それぞれの項目について、企業における優れた実例をみていきましょう。
(1)従業員のライフステージごとに必要な知識を提供する研修などを実施
(2)女性のヘルスリテラシー向上につながる相談体制を整備
(3)企業の定期健康診断に婦人科特有の項目を含める
(4)短時間でも利用できる柔軟な有給休暇制度を整備し、それを利用できる職場の雰囲気づくりに努める
あわせて読みたい:健康経営とは?業界リーダー平野治さんの解説記事 |
企業が女性の健康と活躍を後押しする4つの方法
今村さんは女性の健康向上のために具体的な事例をあげて説明する
(1)従業員のライフステージごとに必要な知識を提供する研修などを実施
女性に多い病気のメカニズムや予防・検診・治療方法、医療機関へ行くべき症状を学びたいというニーズが高く、定期的に研修などを行う企業が増え始めています。学びをより効果的にするためには、課題を「自分事」と認識し、モチベーションを高めて参加してもらうことが大切です。例えば、美容系サービスを提供するある企業では、月経などに関する問診票へ事前に回答してもらい、フィードバックを送った上で研修を行う仕組みを整えています。
あるシステム会社では「女性と健康のマネジメント」というテーマで管理職向けのセミナーを実施。参加者の約半数が男性で、年代ごとに異なる女性の健康不調を理解し、マネジメントに生かしています。「いくら自分が知識を高めても、管理職の意識が変わらなければ意味がない」という女性の声は多く、そうした組織を改善するためには「当事者以外」への教育がひとつのポイントになります。
(2)女性のヘルスリテラシー向上につながる相談体制を整備
2021年健康経営優良法人ポーラ・オルビスホールディングスは、婦人科がん検診(乳がん・子宮がん検診平均)受診率が約8割を超えています。
グループ健康管理センターに、婦人科在籍の産業医・医師を配置。女性特有の疾患や症状について身近に相談できる体制をつくり、オンライン面談の導入や婦人科専用相談窓口(メール)も開設するなど女性のための健康相談を積極的に行っています。
また、女性の健康習慣について楽しく学べる動画コンテンツの定期配信や不妊治療の費用支援などの試みもしている点が印象的です。
最近では、福利厚生の一環として女性の健康に関する外部のサービス(アプリなど)を取り入れる企業も少なくありません。例えば、製薬会社のファイザーでは「FEMCLE」(フェムクル)という健康サービスを導入し、女性特有の不調に気付くようなコンテンツ提供や問診・アンケートを行い、専門医へのオンライン相談や医療機関紹介などへつなげています。
(3)企業の定期健康診断に婦人科特有の項目を含める
婦人科系の検査は自費のオプションとする企業がまだ多いものの、女性社員にデフォルトとして提供するところも少しずつ増えているようです。コンビニエンスストア大手のローソンは、婦人科検診の対象年齢を従来の「30歳以上」から「20歳以上」と大幅に引き下げ、積極的に受診を促しています。パソナは、乳がん検診の早期受診を推進しており、独自のポイント制度と連動させて費用を一部負担。現在では9割の女性社員が婦人科検診を受診しています。
企業の健康診断がきっかけとなり、その後の定期的な婦人科・産婦人科受診につながりやすいことが前出の「働く女性の健康増進調査2018」で明らかになっています。企業には、女性が医療にアクセスしやすくなるよう道筋を付ける役割も期待されるところです。
(4)短時間でも利用できる柔軟な有給休暇制度を整備し、それを利用できる職場の雰囲気づくりに努める
生理休暇を設ける企業もありますが、異性の上司に申請しづらいといった女性の声も少なからず届いており、配慮や工夫が求められます。実際に、生理休暇という名称を用いず「ライフサポート休暇」などとして幅を持たせている企業も少なくありません。性別に関係なく、持病の治療や不妊治療の通院などで柔軟に活用できることが魅力といえます。
フジクラは、ICTにより健康関連データを蓄積・活用し、社員の自主的な健康活動を支援するほか、女性が働きやすい職場環境の設計にも反映しています。次世代健康経営ソリューションに資するアプリ「@スイッチ!」(アッとスイッチ)を独自開発・導入するなど、技術力を生かした新たな時代の健康経営に注目が集まっています。
「正しく知ること」が職場全体の雰囲気を変えていく
職場の雰囲気を変えるには正しい知識を身に着けてもらうシステムが必要
(4)にある「雰囲気づくり」という言葉は抽象的なイメージを抱かれがちですが、根本にあるのは正確な知識の普及だと考えています。それを達成するため、日本医療研究開発機構の事業の分担研究者として女性の健康について網羅的に学べるe-learningを開発しており、学びの前後でどのような変化が起こったかも調査しています。学習時間は12分程度と短く、項目別に信頼できるウェブサイトを紹介することで「より詳しく知りたい」ニーズにもこたえています。
このシステムで得た知識は3か月後もしっかりとキープされていた上、約3割の人が「他者の接し方に変化が起きた」と回答し、職場でのコミュニケーションを増やすなどの行動を起こしていることが分かりました。たった12分の学びでも、他者に思いやりを持って接したり優しくなったりといった行動変容が起こることには、私自身も驚きと感動を覚えました。このe-learningは2022年春に無料で公開予定ですから、ぜひ多くの方に試してほしいと思います。「女性の健康は支援したいが、あまりコストはかけられない」という場合にもぴったりではないでしょうか。
これまでの日本社会では「女性特有の不調は本人の課題」「今、働けているなら問題ないだろう」という声が大勢を占めていたように思います。しかし、女性の健康は企業経営に大きな影響を与えることが少しずつ理解され、実際に日本医療政策機構への問い合わせも増えつつあります。こうした時代の流れをいち早く察知し、長期的な視野で対応していくことは、現代の経営者にとって重要な資質といえるのではないでしょうか。女性の健康支援に関心を持ったら、まずは経営者や人事担当者である皆さん自身が、正しい知識を学んでみてください。その上で自社の女性たちの声を拾い上げれば、おのずと必要な取り組みが見えてくるはずです。
女性の健康を考えるとき、一人ひとりのストーリーに思いを寄せることはもちろん大切ですが、社会を変えていくためには、それらを客観的なデータに落とし込むことが欠かせません。今後も多様なステークホルダーとの議論を通して、中立的で質の高い提言に力を尽くしていきたいです。
職場での女性の健康向上には客観的なデータと具体的提言が必要