女性として初の日本公認会計士協会会長を務めた関根愛子相談役、「自然体の女性活躍」を切り拓いた視点
文/中澤 仁美(ナレッジリング) 撮影/和知 明(株式会社BrightEN photo) 取材・編集/ステップ編集部 |
男女雇用機会均等法がなかった時代に外資系銀行へ入行し、その後に挑戦した公認会計士試験を初受験で突破。さまざまな現場で監査の経験を積み、ついには女性として初めて日本公認会計士協会会長を務めた関根愛子さん。まさに「女性活躍」の先駆者となった立志伝中の人物です。ご自身の半生、そして会長時代にダイバーシティー関連施策にも心を砕いた経験を踏まえ、女性活躍推進のために必要な考え方や後進への思いについて語っていただきました。
関根 愛子(せきね・あいこ) 日本公認会計士協会 相談役/早稲田大学商学学術院 教授 1981年、早稲田大学理工学部を卒業後、シティバンク エヌ・エイ東京支店へ入行。1989年、公認会計士登録。2006年、あらた監査法人(現・PwCあらた有限責任監査法人)代表社員就任。2007年、日本公認会計士協会常務理事就任。以降、副会長(2010年~)、会長(2016年~)、相談役(2019年~)を歴任。さらに、2020年より早稲田大学商学学術院教授やIFRS諮問会議メンバーなどとして活動するほか、大企業の社外役員も務めている。 |
公認会計士業界での女性活躍を先導
私が日本公認会計士協会の会長に就任した当時は、大企業による会計不祥事が社会問題化するなど業界にとっても非常に厳しいタイミングで、会計監査のあり方そのものが問われていました。それまで同協会の副会長を2期6年務める中で、公認会計士がどのように社会貢献できるかを常に考えてきましたが、会長になろうと手を挙げることには正直迷いがありました。私がトップに座ることが業界にとってベストになりうるかを考え抜き、周囲の皆さんにも相談を重ね、立候補の受付期日が近づいてからようやく決意を固めたくらいです。
日本公認会計士協会での仕事について語る関根相談役
会長として取り組みたいことはたくさんありましたが、焦点を絞って業界の課題へ切り込むため、3本の柱に整理しました。第一に、公認会計士監査の信頼回復と向上。第二に、会計士が社会に貢献して活躍するための環境づくり。そして第三に、国際性・多様性ある人材の確保と公認会計士の魅力向上です。それぞれに関して多くの施策を講じましたが、多様性をめぐっては「女性活躍推進」を重要なキーワードの一つととらえていました。そもそも私自身が、女性として初の会長就任ということで業界内外から大変に注目していただき、想像以上の反響に驚いたほどです。就任直前、協会内に女性会計士活躍促進協議会が設置されたこともあり、女性活躍の機運はかなり高まっていました。
そこで、女性活躍推進の具体的目標として、同協議会において「2030年度までに公認会計士試験合格者の女性比率を30%へ引き上げる」「2048年度(公認会計士制度100周年)までに会員・準会員の女性比率を30%へ引き上げる」という2つのKPIを設定しました。現在日本では公認会計士の女性比率が15%程度で、これは諸外国に比べて圧倒的に低い水準です。公認会計士はライフステージの変化により仕事を中断しても復帰しやすく、生涯続けられる魅力ある職業であることが広くは知られていないのかもしれません。業界としても男性ばかりに偏るのはアンバランスですし、ダイバーシティーという観点でも弱みを抱えることになります。
私の会長時代には、出産や育児などで一時的に休職した方を対象にしたリスタート応援研修を実施したり、この仕事に興味を持った女性向けのシンポジウムや、現職の意見交換の場にもなる女性会計士フォーラムを開催したりしました。任期の3年間はあっという間に過ぎ、先に述べたKPI達成にはまだまだ時間を要しますが、一定の道標を築くことができたのではないかと思っています。
ダイバーシティーのある組織こそ強靭
組織のトップとしてダイバーシティーを推進した経験から学んだのは、納得感のない取り組みは受け入れられないということ。実際に口に出すかどうかは別として、「なぜ女性ばかり優遇するの?」といった疑問や不満を持たれるケースは多いです。だからこそ、「そういう時代だから」「皆が言っていることだから」といったぼんやりした理由で施策を進めてはなりません。なぜ自分たちの組織にとってダイバーシティーが重要なのか、なぜ女性を増やす必要があるのかといった根本的な部分を腹落ちするまで検討し、議論を重ねるべきだと思います。
私個人としては、これだけ社会が激しく変化する時代においては、多様なバックグラウンドを持った人が所属する組織のほうが圧倒的に強靭だと考えています。一寸先は闇でも、さまざまな見方をできれば柔軟な対応ができるし、最適解も導き出しやすくなるはず。ある意味、自分には思い浮かばないような「変わった意見」が出てくることにダイバーシティーの価値があるのだと思います。私は、他者とコミュニケーションして自分とは違う考え方を知るのが大好きなタイプ。「何だか常識外れのことを言っているな」と感じたときは、相手も同じように感じているのかもしれません。こうした違いに気付き、お互いに学ぶことを通して、視野が広がっていくのだと思います。
女性活躍ができる組織にするには、男性も女性もあまり肩に力を入れすぎないほうが話が進みやすい
しかし、特にマネジメント層が男性ばかりという組織では、女性を引き上げること自体に変な「特別感」を抱きやすく、本来不要な配慮をしたり、適性の有無を必要以上に厳しく問うたりすることになりがちです。例えば、かつて私が勤めていた監査法人で、ある女性をパートナー職(一般企業における役員クラスに相当)に引き上げるかどうか、迷っている男性パートナーがいました。「すごく優秀な人だけれど、パートナーとしてやっていけるかどうか……」と心配する姿を見て、私が「去年、別の男性をパートナーにしたときと比べて、そんなに大きな違いがありますか?」と尋ねたところ、彼はハッとした顔をしていました。
初めてマネジメント職に挑戦するとき、試行錯誤が必要なのは男性も女性も変わりません。また、リーダーシップのあり方も近年は多様化しており、「力強くスタッフを牽引する」といった従来のリーダー像ではくくれないほど広がりを見せています。組織としてはもちろん、当事者である女性自身も、いい意味で「肩に力を入れすぎない」ことが女性活躍のカギになる気がしています。
女性活躍の夜明けはまだ遠く……
女性活躍という文脈で私自身のキャリアを振り返ってみると、いろいろな偶然や出会いが重なり、今の場所にたどり着いたことをあらためて実感します。そもそも幼いころは引っ込み思案で、何かのリーダーになることなど思いもよりませんでした。銀行員だった父の転勤に伴い、引っ越しを繰り返す中で徐々にコミュニケーション能力が育まれていった感覚です。また、小学生時代から水泳を頑張っていて、スポーツを通して鍛えられた部分もあったと思います。今でも記憶しているのは、夏休みに小学校のプールで溺れかけた一件。即座に校長先生がレスキューしてくださったことで「ピンチになっても誰かが助けてくれる」と思えるようになり、何となく人生そのものに対する信頼感が生まれたのです。
家族との関係や自分が受けた教育について語る関根愛子相談役
私の人格形成の上では、双子のように育った姉の存在も大きいです。何でも姉のまねをしたくて、教科書や漫画を借りては一生懸命に読んでいました。まだ幼稚園のころだったと思いますが、「この少女漫画を毎週買って」と母におねだりしたところ、1か月分のお金とお小遣い帳を渡され、幼いながらも必死に計算して金銭管理するようになり、「ぴったり計算が合う気持ち良さ」を知りました。そのおかげもあって、算数や数学は割と得意という感覚だったのです。高校1年生のときに初めて「数学がまったく分からない」という挫折を経験しましたが、ひたすら勉強して乗り越えた結果、2年生になると飛躍的に成績が伸びました。「繰り返し努力すれば結果は後からついてくる」という自信を得た原体験ですね。
その後、好きになった数学を深めようと、早稲田大学理工学部数学科に進学しました。当時の理工学部は1学年約1700人中、女子学生は20人ちょっと。キャンパス内を歩いていると「どこの大学の方ですか?」と男子学生から尋ねられるほどで、男性ばかりの環境には自然と免疫ができました。学業面では専門学科ならではの「純粋な数学」に苦労したというのが正直なところで、自分は実学として数字を活用するほうが向いていることに気付きました。当時は男女雇用機会均等法の施行前だったので女子学生の就職活動は大変で、特定の学部でないと採用試験へ応募することさえできない企業もあったので、そうした制約の少ない外資系銀行に入行することになりました。
入行後は窓口や資産管理などの業務を担当し、初めて出合った会計や簿記のおもしろさにのめり込み、「数字ってこんなに世の役に立っているのか!」と感動すら覚えました。一方で、行員の扱い方に男女で差があることが気になり始めました。例えば、ジョブトレーニングを積むとき、男性は数か月ごとに違った部門を回りながらトレーニングできたのに、女性は極めて短い研修期間を経ただけで配属先が決まってしまっていたのです。他方で、我が身を振り返ると、特にできることがあるわけではなく、いずれ結婚や出産でブランクが生じる可能性もあるのだから、受け身ではなく意識的に自分の「できること」を増やさなければ、本当におもしろい仕事はできないのかもしれない――。そうしたことを考え始めたとき、知人に勧められたのが公認会計士試験の受験でした。
失敗を糧にして「自分らしいやり方」を極めよう
25歳で思い切って銀行を退職し、試験勉強に専念する日々が始まりました。まるで子どもが興味を持ったことをスーッと吸収するように、白紙の状態だったからこそ学びを楽しめた気がします。幸いにも、最初の試験で合格することができました。ちょうど男女雇用機会均等法が施行される直前だったこともあり、少数だった女性合格者は引く手あまたで、就職活動をしていた数年前とは状況が一変していました。最初の15年ほどは現場で監査を中心とした業務に従事し、2000年ごろからは日本公認会計士協会の業務にも携わるようになり、常務理事と副会長を経て会長に就任しました。
女性であることが不利に働く職場の場合、選択肢は「自分が変わる」か「活動の場を変える」かの2つ
監査法人のキャリアパスはスタッフから始まり、公認会計士の最終試験に合格した頃になるシニアスタッフ、中間管理職となるマネージャーやシニアマネージャー……というように続いていきます。社内で「女性はシニアスタッフまでは優秀だけれど、マネジメントはあまり得意じゃないから、それ以上はちょっと……」と言われたこともありましたが、「まだうちには女性マネージャーがいないのに、なぜそんなことが分かるんだろう?」と疑問に思わざるを得ませんでした。入所6年目にマネージャー就任の声がかかったとき、「やってみなければ分からない!」と思い切ってチャレンジしたことで、その後のキャリアが広がっていきました。
企業の中でキャリアアップをめざすとき、女性であることが不利に働くケースは依然としてあるでしょう。当然、企業側はそうした状況を是正すべきですが、当事者である女性が採ることのできる選択肢は「自分が変わる」か「活動の場を変える」かの2つになります。どちらを選ぶべきかの答えはケースバイケースですが、私からいくつかアドバイスをさせてください。まず、チャンスは一度きりではないということ。不当な扱いをされたら絶望的な気分になるのは無理もありませんが、その後に形を変えてチャンスが巡ってくることも少なくありません。また、「女性だから不当な扱いをされた」と思っていても、実際には別の問題があったから……ということもあります。男女の違いだけにとらわれるのではなく、置かれた状況を客観的に分析し、自分を磨いていく姿勢が大切です。
大学で若い世代の女性を教えていると、本当にまじめで一生懸命だと感じます。そうした皆さんにお伝えしたいのは、何事も楽しむ気持ちが一番だということ。自分を誰かと比べて落ち込むよりも、個性を生かしていきいきと働くことが何より大切だと思います。公認会計士でも、とにかく事務処理が速いタイプもいれば、ゆっくりしたペースだけれど問題に気付くことが得意なタイプもいる。「自分らしいやり方」を極めればいいし、うまくいかなかったことも必ず糧になるので、どうか深刻に思い詰めないでください。自分が選んだ仕事、そして一緒に働く人たちを好きになり、自然体でキャリアを積み重ねていきましょう。