企業が行う健康経営のメリットとは?NPO法人健康経営研究会 平野治副理事長解説
「健康経営」の考え方は、時代の流れとともに注目を集め、大企業のみならず中小企業にも広がりを見せています。単なる流行ではなく、これからの社会に欠かせない大原則として受け入れられつつあるようです。ここでは、「健康経営」という言葉の生みの親である平野治さんにインタビューし、健康経営のメリットや注意点についてお話を伺いました。
取材・文/中澤 仁美(ナレッジリング) 撮影/本文内:和知 明(株式会社BrightEN photo) 編集/ステップ編集部 |
平野治(ひらの・おさむ) NPO法人健康経営研究会 副理事長/株式会社マイネム 代表取締役 資生堂、電通、NHK、リクルートなどのマーケティングに関わる中で、2005年にソーシャルマーケティングとして「健康経営」の概念を構築し、人の健康を会社資本と位置付ける新しいマネジメントの仕組みを提案。経済産業省が東京証券取引所と共同で「健康経営銘柄」を選定するなど、社会的な広がりを見せている。 |
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健康経営は社会のニーズにピタリとはまった
健康経営は、どういう背景から生まれたのでしょうか。
健康経営とは、「人という資本に投資し、企業価値や利益をリターンとして受け取る」という経営戦略です。企業にとって最も大切な資本である「人」への投資とは、働きやすい環境の整備、健康管理サービスの充実、コミュニケーションの活性化などにお金をかけることを意味します。その結果、社員のやりがいやモチベーションを高めることにつながり、経営面においても大きなリターンを期待できるでしょう。社員の健康を経営的な視点でとらえ、それを向上させるために戦略的な投資を行っていく――。この考え方は、これからの持続可能な企業経営において必要不可欠であると考えています。
日本で健康経営という考え方が生まれたのは2005年ですが、当時は健康診断の実施や、その結果に基づくアドバイスといった「健康管理」の考え方が主流でした。労働基準法や労働安全衛生法の定めに沿って、社員が健康を損なわないように、どの企業も積極的に取り組んでいました。ただ、一生懸命にやればやるほど費用がかさむばかりで、「健康管理にはコストがかかる」と認識されてしまったのです。その結果、本気で健康経営健康管理に取り組む企業は減っていきました。「健康に投資する」という考え方は、まだ微塵もない時代だったのです。
しかし、「ヒト・モノ・カネ」は経営における主要な資本です。モノは商品、カネは財産・資産であり、収益を生む源泉として誰もが理解しやすいでしょう。一方、「ヒト」はどうでしょうか。「人が資産」「人材ではなく人財」と公言してはいても、人にかかる費用は人件費として計上されますし、結局のところコストでしかないと捉えている企業が多いように思います。そこで、資本の原則に立ち返り、「人=資本」「人という資本をどう高めるか?」というテーマを経営戦略に取り入れる考え方にたどり着きました。
近年、『健康経営』というキーワードを見聞きする機会が増えたように感じますが、注目されている理由は何でしょうか。
社会のニーズにピタリとはまったのだと思います。2008年のリーマンショックを機に景気が後退する中、膨れ上がる医療費に圧迫された各健康保険組合は、かなり運営が厳しい状況でした。「社員が健康的に働くことができれば医療費削減につながる」という狙いもあり、「健康面へのアプローチはコストではなく投資」という考え方が関心を集めるようになったのではないでしょうか。
国も同様の問題を抱えて解決の道を模索していたところで、経済産業省が中心となって健康経営の普及啓発を積極的に進めていくことになりました。そして、2014年に「健康経営銘柄」※1、2016年に「健康経営優良法人認定制度」※2が創設され、健康経営の認知度が一気に高まりました。
※1 健康経営銘柄:健康経営に取り組んでいる上場企業を選定・公表し、投資家にアピールすることで、その取り組みを後押しする仕組み。
※2 健康経営優良法人認定制度:地域の健康課題に即した取り組みや、日本健康会議が進める健康増進の取り組みをもとに、特に優良な健康経営を実践している大企業や中小企業等の法人を顕彰する制度。
また、世界の潮流も大きく影響しています。近年は、ESG※3やSDGs※4といった世界全体で取り組むべきミッションが大きく掲げられています。自国・自社の利益だけ考えるという今までのやり方は、もう通用しません。世界の潮流をフォローし、社員の健康や働き方と真剣に向き合う企業しか生き残れないと思います。
※3 ESG:企業の持続的成長のために重要な観点として、環境(environment)、社会(social)、カバナンス(governance)の頭文字からつくられた造語。国連が2006年に発表した「責任投資原則」の中で紹介された。
※4 SDGs:2015年9月の国連サミットで採択された、持続可能な開発目標(sustainable development goals)。
SDGs、ESG、健康経営について説明する平野副理事長
健康経営を実践し、選ばれる企業へ
健康経営を行うと、どんなメリットがあるのでしょうか。
健康経営の効果、つまり投資に対するリターンとしては、「企業イメージの向上」や「生産性の向上」などが考えられます。表面的ではない真心からの企業努力が見えることにより、いきいきと健康的に働く社員が増えたり、お客様から支持を集めたりするでしょう。昨今では、「循環」「再生」「持続」といったテーマを自身のライフスタイルに取り入れる人が増えています。世の流れを無視して、ただ売上だけを伸ばそうとする企業は、やがて自らが無視されるようになるはずです。
また、ブランディング効果もあるので、人材採用にも影響してくると思います。あるアンケートでは、その企業を職場に選んだ理由として「健康経営をやっているから」という回答が多かったそうです。本人だけではなくご両親も情報を集めていて、「あの会社は良さそう」と判断する材料の一つになっているのでしょう。
名古屋のある運送会社では、健康経営を始めてから、採用希望者が大幅に増えたということです。運送業界には3K(きつい、汚い、危険)のイメージがあり、人材が集まりにくいといわれていますが、健康経営に目を向けてがらりと風向きが変わりました。社員同士はもちろん、地域の方々ともコミュニケーションする姿勢を見せ、良好な関係性を築いたことで、愛される企業になったということだと思います。
健康経営を実践する度合いが、就職先を選ぶ際のポイントにもなるわけですね。
健康経営が世に広まり始めたころは、長引く不況により人材コストが削減され、労働環境が大きく悪化し、いわゆるブラック企業における長時間労働や過剰なサービス残業といった社会問題が発生していました。その状況を受けて、メンタル疾患の急増や自殺、過労死といった労働災害が相次ぎ、安全かつ健康的に働ける環境を求める声が高まるようになりました。2019年からは「働き方改革」も始まり、社員を大切にする企業が選ばれるのは自然な流れだといえます。
併せて、多様性が受け入れられる時代になり、自身の考えと一致する企業や働き方を選ぶことが当たり前になりつつあります。やりがいを感じながら自発的に働くことができるフラットな組織が好まれるようになり、従来のトップダウン型組織は敬遠され始めています。「良い人材が、良い労働環境で、より良いパフォーマンスを発揮する」という好循環は、まさに健康経営が目指すあり方そのものです。このように「人」中心の軸で社会が進んでいるからこそ、「人=資本」の経営を実践する企業の価値が高まっているのだと思います。
健康経営を実践する方法とは
経営者の思いをしっかりと伝えることが最初の一歩
健康経営の実践は、どのようにスタートさせればいいでしょうか。
まずは「経営者の思いを十分に伝え、全社的に共有していく」ことが肝心です。この取り組みに成功している企業はどこも、もともと掲げている経営理念の中に健康経営をしっかりと落とし込んでいます。最近は、社長がCHO(chief health officer:健康の最高責任者)を兼務するという体制づくりも増えています。
エーザイ株式会社は、この実践がうまくいっている代表例です。同社では全社員に小冊子(赤色・青色の2冊)を配布しています。赤色の冊子には、企業理念である「ヒューマン・ヘルスケア」(hhc)に関連して、同社のあり方、目指すべき姿などが盛り込まれています。青色の冊子には、理念を実践に移すための解説や、実際の活動の様子が紹介されています。経営理念を社内へ十分に浸透させるため、効果的な施策を意識的に行っていることが分かると思います。
取り組みを成功させるために、注意するポイントはありますか。
健康経営の解釈を誤り、方向性を見失わないように注意する必要があります。例えば、「健康管理の徹底が健康経営である」と誤解しているケースがあります。そうなると、「社員の健康意識を高めるために、健康診断の結果を給与や賞与に反映する」といった施策に走る企業も出てきます。本来の健康経営は、社員の身体的な健康にとどまらず、働きやすい職場づくりやコミュニケーション環境の改善などにも注力するものです。社員のやりがいや自発性を引き出し、社会的・精神的な健康を高めることも絶対に欠かせないのです。
健康経営を正しく理解・実践してもらうために、私たちはこれからも普及啓発に努めていきます。ご相談などありましたら、健康経営研究会(http://kenkokeiei.jp/)まで気軽にお問い合せください。一緒により良い社会をつくっていきましょう!
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