健康経営のトレンドとは?海外企業の動向や取り組みを交えて解説
企業を取り巻く環境が目まぐるしく変わる中、将来にわたる収益性を客観的に評価するため、非財務情報の開示を求める動きが世界で広がっています。
国内でも、2023年3月期決算から上場企業など、有価証券報告書を発行する企業への人的資本情報開示が義務付けられました。併せて、従業員の健康維持に経営視点から取り組む健康経営に対してもよりいっそう注目が集まるようになっています。
自社の健康経営をより意義のある取り組みにするには、健康経営のグローバルトレンドに目を向け、自社に合った成功事例を取り入れていくことも大切です。
本記事では、進化を続ける健康経営の現状について、海外の動向や海外企業の取り組みも交えて解説します。
【参照】金融庁「記述情報の開示の好事例集2023 3.「人的資本、多様性等」の開示例」|金融庁(2023年12月)
https://www.fsa.go.jp/news/r5/singi/20240308/07.pdf
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グローバル視点で見る健康経営の現在地
健康経営は、従業員の健康維持・増進が将来的な収益性向上につながるとの考えのもと、心身の健康管理を経営戦略の一環として実行することをいいます。
企業が健康経営に取り組むことにより、従業員のモチベーションや生産性が高まれば、最終的に組織としての業績や価値向上も期待できます。こうした認識は世界各国の企業に共通しており、欧米などでは従業員のウェルビーイングに貢献する先進的な取り組みが実践されている最中です。
また、WHO(世界保健機関)も健康経営の実践を推奨しており、従業員の生産性を計る指標のひとつとして「WHO-HPQ(健康と労働パフォーマンスに関する質問紙)」を展開しています。
WHO-HPQは、職場に出勤はしているものの、何らかの健康問題によって業務の能率が落ちている状況を示す「プレゼンティーズム」を数値として計測するものです。失われた労働価値を経済換算したり、従業員が自身のパフォーマンスを再考したりするのにWHO-HPQは役立つため、健康経営銘柄を取得する際にチェックする項目としても使用されており、生産性を数値化する代表的な指標として普及しています。
人的資本を含めた非財務情報の開示が求められる今、グローバルトレンドを意識して自社の取り組みを見直すことができれば、日本企業の健康経営は、より現代に即したものへとアップデートすることができるでしょう。
【参照】産業精神保健研究機構WHO-HPQ日本語版事務局「世界保健機関 健康と労働パフォーマンスに関する質問紙(短縮版)日本語版」|産業精神保健研究機構WHO-HPQ日本語版事務局
http://riomh.umin.jp/lib/WHO-HPQ(Japanese).pdf
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日本と海外における人的資本の背景の違い
健康経営は、人的資本経営を推進するための土台となるものですが、海外と日本では人的資本を高める目的や背景に違いがあります。グローバルトレンドにもとづいて自社の健康経営を見直す際には、この違いを意識することも重要です。
ここでは、海外における人的資本の背景と、日本における人的資本の背景の違いについて見ていきましょう。
海外における人的資本の背景
欧米の企業に求められる社会的な責任は、差別や貧富の差、不安定な労働市場など、治安の悪化につながる社会課題の解決です。
そのため、採用の拡大やDEI(Diversity, Equity & Inclusion:ダイバーシティ/多様性・エクイティ/公平性&インクルージョン/包括性)などが人的資本を高める上で重視される要素です。
日本における人的資本の背景
日本の場合、労働人口の減少や生産性の低さなどが社会的な課題であり、企業には経済性の向上によって競争力を高め、イノベーションを創出することが求められます。そのため、健康経営を推進する上でも、従業員の多様な働き方の実現や、スキルアップにつながる機会の提供など、経済性に着目した施策を行う必要があります。
日本の健康経営の評価に関する開示情報には、海外の投資家も注目していますが、特に注視しているのは健康経営の先進性や、健康経営における指標の変化率です。海外投資家に向けた情報発信に際しては、「健康経営の目的と施策」や「取り組みの効果」をわかりやすく示す必要があります。
【参照】ACTION!健康経営「人的資本の質向上へ 経済的価値の文脈で発信を」|日本経済新聞社 Nブランドスタジオ(2024年3月)
https://kenko-keiei.jp/3163/
アメリカを中心に進むデジタル・ヘルスデータを活用した健康経営
健康経営発祥の地でもあるアメリカでは、従業員のヘルスケアを企業の最優先事項として、ウェルネスプログラムを取り入れる企業が増加しています。特に、従業員個人を対象としたデジタルヘルスケアソリューション(モバイルヘルスケアアプリ)の導入に注力する企業が目立つようになりました。
これは、ミレニアル世代とZ世代の多くが、従業員の健康と幸福を実現するための対策を企業に望んでいるためと見られます。テクノロジーに精通したこれらの世代が全労働人口の多くを占めるようになることを考慮すると、先進的なデジタルヘルスケアサービスを利用した従業員個人への健康増進施策の充実は、今後の重要な施策になるといえるでしょう。実際、アメリカの従業員の48%が、「企業から提供されたモバイルヘルスケアアプリによって自信が持てるようになった」と答えている調査もあります。
また、グローバル企業のビジネスリーダーなどのうち、約80%が今後の企業の成功には、従業員の幸福の実現が重要となると捉えています。
モバイルヘルスケアアプリを通じて従業員個人の健康情報を管理すれば、個別に最適化されたプログラムの提供も可能となるはずです。モバイルヘルスケアアプリを使用する機会が増えれば、心身の不調で休職する従業員の減少や、生産性向上にいち早く近づけるかもしれません。
【参照】株式会社日本総合研究所「デジタルで変容する米国の「The Healthy Company」」株式会社日本総合研究所(2021年9月)
https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/column/opinion/pdf/12882.pdf
日本でも進展するモバイルアプリのサービス展開
日本でも、個人のヘルスデータを活用し、健康診断のプログラムや健康アドバイスをパーソナライズして提供するモバイルアプリのサービス展開が進展しています。個人だけでなく、法人へのサービス導入も増加しました。日本では具体的にどのようなサービスを試すことができるのか見ていきましょう。
パーソナルな健康管理が行える「FiNC」
「FiNC」は、歩数や体重、食事内容、睡眠データなどをスマートフォンで収集し、個別に指導やアドバイスを実施するアプリケーションです。
企業向けには、健康チャレンジプログラムや過重労働状況、ストレスチェックといったデータの一元管理機能などを提供しています。
膨大なデータベースから重症化予防をフォローする「Prevent」
「Prevent」は、重症化予防をサポートするサービスです。個人データをもとに疾病リスクを予測する医療データ解析サービス「Myscope」や、スマートウォッチなどのモニタリング機器を利用して医療者の個別指導を提供する「Mystar」を展開しています。
15万人分のデータベースにもとづく生活習慣の効率的な改善方法をサポートしてくれる点が特徴です。
健康経営のトレンドは、パーソナライズされたウェルネスプログラム
アメリカのトレンドや、日本のモバイルアプリサービスの進展を踏まえると、健康経営のトレンドはパーソナライズされたウェルネスプログラムのデジタルでの展開にあるといえます。
アメリカの企業では、従業員の体調をリアルタイムでキャッチし、適切なプログラムを提供するサービスの利用が増加しています。
2008年にデジタルヘルスケアサービスを導入したアメリカの大手自動車保険会社では、従業員のウェルネスプログラムへの参加が2年間で12%増加しました。継続的に取り組んだ結果、2016年には10年ぶりに医療費の増加を抑えることができ、大幅な支出の改善が見られています。
さらに2017年には、従業員エンゲージメントが5.8%も増加したそうです。これにより、推計で100万ドル近くの収益増を実現したと考えられます。
一人ひとりのニーズに合った健康増進プログラムを、都合の良い時間に好きな場所で実践できることは、デジタルヘルスケアソリューションの大きなメリットです。働き方の多様化に伴い、好きなときに好きな場所で自分に合ったウェルネスプログラムを利用できるサービスのニーズは高まっていく一方でしょう。
日米の健康経営におけるデジタル活用の違い
健康経営におけるデジタル活用は世界的に進んでいますが、日本はアメリカに水を開けられているのが現状です。
アメリカでは、個人がみずからの意思でパーソナルなデータを病院などに共有することもあり、ヘルスケア領域全体でユーザーデータを活用する動きが拡大しています。また、Apple社やGoogle社といった大手テック企業によるヘルスケアプラットフォームの構築、および企業間のAPI連携などが進んでおり、企業間のサービスを相互連携させるインフラも整備されています。
これにより、個人の健康に対する意識や改善のモチベーションアップにもつながる好循環がアメリカでは生み出されているのです。
対して日本では、多くのサービスベンダーが個人向けにヘルスケアサービスを提供しています。医療機関や、他社アプリケーションとのあいだで情報が共有されたり、広く活用されたりするケースは多くありません。
企業による健康経営支援関連サービスの利用は進んでいますが、デジタルデータの強みであるデータドリブンやリアルタイム性を活かした活用は進んでいないのが現状です。
日本における今後の健康経営のカギはデジタルツールやデータの活用
日本の健康経営のさらなる進化のカギは、アメリカ企業のようなデジタルツールやデータの活用です。
日本企業には、労働安全衛生法第66条1項にもとづいて従業員に対する健康診断の実施義務があり、豊富な健診データを保有しています。これらのデータを活用するために、ITインフラの整備やベンダー間の連携をより強化していくことが求められるでしょう。
具体的には、健康診断データと、現在活用されている健康増進のためのアプリなどで取得した日々のヘルスデータを組み合わせ、リアルタイム性を取り入れた個別の健康増進施策の実行や、定量的な健康経営の効果分析などに活用していくことが期待されます。
併せて、プライバシーを守りつつ、健康データを一元的に管理する安全なプラットフォームの登場も待たれます。
【参照】厚生労働省「労働安全衛生法に基づく健康診断を実施しましょう」|厚生労働省(2013年3月)
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000103900.pdf
ヘルスケア産業全体の市場規模予測から考える健康経営の取り組み
国民の平均寿命が延伸する現代において、ヘルスケア産業は欠かせない存在です。人生100年時代に国民一人ひとりが安心して暮らすには、さまざまなヘルスケアを活用して健康な状態をできるだけ長く維持しなくてはなりません。
株式会社富士経済の調査では、健康経営と関連が深いヘルスケア産業の市場規模は、2029年時点で2020年の2.2倍になると予想されています。
また、経済産業省の調査によれば、2050年時点でのヘルスケア産業全体の市場規模は、関連する商品やサービス分野の成長により、約53兆円まで拡大することが想定されています。健康経営および個人の健康・医療・介護などに関する情報を一元的に管理・活用するPHR(Personal Health Record:パーソナル・ヘルス・レコード)が浸透すれば、さらに市場の増加が見込まれ、最終的に約77兆円まで拡大するという予測もあります。
経済産業省が推進するヘルスケア産業の成長と、その後押しとなる健康経営の取り組みは、超高齢社会に突入した日本の成長戦略としても重要なものです。企業は、日本の成長の一翼を担う社会的責任として、健康経営の推進に取り組む必要に迫られていくともいえます。
【参照】株式会社富士経済「データヘルス計画、健康経営、PHR関連システム/サービス市場を調査」(2021年11月)|株式会社富士経済
https://www.fuji-keizai.co.jp/press/detail.html?cid=21105&view_type=2&la=jahttps://boxil.jp/mag/a8712/
【参照】経済産業省「新しい健康社会の実現に向けた「アクションプラン2023」(案)」|経済産業省(2023年8月)
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/kenko_iryo/pdf/004_03_00.pdf
海外トレンドにも目を向け、効果的な健康経営を実践しよう
従業員のウェルビーイングを高めることで経営成果の向上を目指す健康経営は、世界中の企業で実践されています。特にアメリカでは、先進的なデジタルヘルスケアサービスを活用した施策が多く見られるようになりました。
超高齢社会の進展でヘルスケア産業の成長が確実視される日本でも、健康経営とヘルスケア産業の成長には深い関連性があり、デジタルヘルスケアサービスの活用促進が双方の飛躍のカギを握っているともいえます。海外のトレンドからもアイディアを取り入れ、日本経済全体の成長にも貢献する健康経営を実践していきましょう。
「マイナビ健康経営」は、人と組織の「ウェルネス(健康)」をさまざまなサービスでサポートしています。従業員の心身の健康向上をお考えの際には、お気軽に悩みをお聞かせください。