医師の働き方改革とは?改革の背景と改革の主なポイントを解説
医師の業務範囲は非常に広く、医療行為だけにとどまりません。診断書の作成、スキルアップのための臨床研究、研修医に対する指導など、多くの業務を抱えているケースが大半といえるでしょう。当直や救急対応が加われば、残業は必須となるかもしれません。
さらに、診療に先立って十分な情報を提供し、患者がその内容を理解して納得した上で診療に同意する「インフォームド・コンセント」が求められるようになったことで、患者とその家族への説明に時間を費やす医師も増えているようです。
日本の医療は、医師の負担のもとに成り立っているといっても過言ではありません。こうした状況の改善に向け、2024年からスタートするのが「医師の働き方改革」です。
本記事では、医師の働き方改革について、改革の背景やポイント、考えられる影響などについて解説します。
【参照】みずほ情報総研株式会社「過労死等に関する実態把握のための労働・社会面の調査研究事業 報告書(医療に関する調査)」|厚生労働省・文部科学省(2018年3月)
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/000511979.pdf
【参照】国立研究開発法人国立循環器病研究センター「病状説明など(インフォームド・コンセント)の実施時間について ご協力のお願い」|国立研究開発法人国立循環器病研究センター(2023年6月)
https://www.ncvc.go.jp/hospital/important/important_28574/
目次[非表示]
- 1.長時間労働の改善を目的とした医師の働き方改革
- 2.医師の過酷な労働時間と現場の課題
- 3.医師の働き方改革の主なポイント
- 3.1.時間外労働の上限規制
- 3.2.医療機関勤務環境評価センターの設置
- 3.3.追加的健康確保措置の義務化
- 4.医師の働き方改革によって生じる影響
- 4.1.医療現場への影響
- 4.2.医師のライフスタイルへの影響
- 4.3.患者への影響
- 5.働き方改革の実現に向けた医師の役割
- 6.働き方改革は、全員が主役になることが重要
長時間労働の改善を目的とした医師の働き方改革
2024年に始まる「医師の働き方改革」とは、医師が健康に働き続ける環境を整備するため、長時間労働の改善を目的として行われる法改正のことです。
2019年4月、働き方改革の一環として労働基準法が改正され、医業に従事する医師を含めた一部の事業や業務を除いて、下記のように時間外労働が規制されました。
<時間外労働の上限規制の内容>
- 原則として月45時間、年360時間(限度時間)以内
- 臨時的な事情や特別な事情がある場合、年720時間、単月100時間未満(休日労働含む)、複数月平均80時間以内(休日労働含む)
- 限度時間を超えて時間外労働を延長できるのは年6ヵ月を限度とする
時間外労働の上限規制は、健康を損なうリスクが高く、女性のキャリア形成や男性の家事・育児への参加を阻む要因になる長時間労働を是正することによって、ワークライフバランスの改善、あらゆる層の労働参加率の向上などを目指すものです。
しかし、業務の特殊性や、深刻な人手不足と長時間労働の常態化などで即時の改善が難しい事業・業態については、適用が5年間猶予されていました。医業に従事する医師もそのひとつです。
なお、2024年3月末にこの猶予期間が終了し、同年4月から医師にも時間外労働の上限規制が適用されることになりました。ただし、後述するとおり、医療業務の特殊性から例外規定が設けられております。
【参照】厚生労働省「建設業・ドライバー・医師等の時間外労働の上限規制(旧時間外労働の上限規制の適用猶予事業・業務)」|厚生労働省(2024年3月)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/gyosyu/topics/01.html
医師の過酷な労働時間と現場の課題
日本の医療制度は、国民全員が公的医療保険で保障されている点が特徴です。健康保険証があれば、医療機関を自由に選び、高度な医療を少ない負担の医療費で平等に受けることができます。
こうした、世界でも高い評価を受ける日本の医療制度を、長時間労働によって支えているのが医師です。
厚生労働省の発表によると2019年度の調査では、医療機関で働く医師の約40%が月80時間以上の残業を行っていたことがわかりました。「1ヵ月間に100時間」または「2~6ヵ月平均で月80時間」、およびそれに近い時間外労働は過労死ラインとされ、健康状態に影響が及ぶとして労災認定の基準に該当します。
医師の労働時間は、まさに過労死ラインすれすれ、あるいは過労死ラインに達しているケースも少なくないといわざるをえません。
医師の労働時間が長時間化している背景には、いわゆる36協定が未締結のまま残業をさせるなど医療機関のずさんな労務管理や、医師の多くが地域医療を支えるために複数の医療機関で働いていることなどが挙げられます。また、医師の数そのものが不足していることも大きな要因のひとつです。
OECD(経済協力開発機構)が2023年に公表したデータによれば、日本の人口1,000人あたりの医師数は2.6人で、OECD加盟国38ヵ国の平均である3.7人に届いておらず、OECDの中で5番目に低い人数です。一方、国民1人あたりの受診回数は38ヵ国中第2位の11回で、医師1人にかかる負担が他国に比べて重いことが推測できます。
【参照】厚生労働省「「医師の働き方改革」とは」|厚生労働省
https://iryou-ishi-hatarakikata.mhlw.go.jp/about/
【参照】OECD雇用局医療課「図表でみる医療 2023:日本」|OECD(2023年11月)
https://www.oecd.org/health/health-at-a-glance/Health-at-a-Glance-2023-Japan-Launch.pdf
医師の働き方改革の主なポイント
医師の働き方改革には、大きく3つのポイントがあります。それぞれどのような改革内容なのか見ていきましょう。
時間外労働の上限規制
上限規制が適用され、原則として年960時間、月100時間未満に時間外労働が制限されます。ただし、地域医療の確保や研修などで960時間を超える場合があることを鑑み、下表のようにA~Cの水準が設定されています。
■時間外労働の上限規制の水準
水準 |
年の上限時間 |
長時間労働の理由 |
A |
960時間 |
臨時的に長時間労働が必要な場合 (すべての勤務医に原則的に適用) |
連携B |
1,860時間(各院で960時間) |
地域医療の確保のために派遣され、自院と派遣先を通算すると長時間勤務になる場合 |
B |
1,860時間 |
地域医療の確保のため、自院内で長時間労働が必要な場合 (3次救急病院、救急車を年間1,000台以上受け入れる2次救急病院など) |
C-1 |
1,860時間 |
臨床研修医や専攻医の研修のために長時間労働が必要な場合 |
C-2 |
1,860時間 |
長時間修練が必要な技能の修得のため |
C-1水準とC-2水準は「集中的技能向上水準」と呼ばれる例外の水準であり、連携B水準とB水準は2035年度末を目標に終了する予定の「地域医療確保暫定特例水準」です。
【参照】厚生労働省「医師の働き方改革 手続きガイド2024年4月までの手続きガイド|厚生労働省(2023年4月)
https://www.mhlw.go.jp/content/001115352.pdf
【参照】厚生労働省「地域医療確保暫定特例水準及び集中的技能向上水準の指定の枠組みについて」|厚生労働省(2019年10月)
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000553958.pdf
医療機関勤務環境評価センターの設置
医師の働き方改革において、前項でご紹介した「集中的技能向上水準」や「地域医療確保暫定特例水準」の特例の適用を受けるには、医師の労働時間短縮の取り組みについて計画書を作成し、第三者による評価を受けなくてはなりません。
評価を行う医療機関勤務環境評価センターは、厚生労働省の指定を受けて日本医師会が運営する組織です。評価は「ストラクチャー」「プロセス」「アウトカム」の3要素、88項目、うち必須20項目(初めて指定を受ける場合は76項目、うち必須18項目)からなり、クリアできない項目が多い場合は評価保留となります。実績が求められる項目もあるため、適用を受けたい場合は計画的に取り組む必要があるでしょう。
【参照】厚生労働省「医療機関の医師の労働時間短縮の取組の評価に関するガイドライン(評価項目と評価基準)第1版|厚生労働省(2022年4月)
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000951437.pdf
追加的健康確保措置の義務化
「追加的健康確保措置」は、一般の労働者に適用される時間外労働の上限を超えて働く医師に対して講じられる措置のことです。一般労働者の健康福祉確保措置に加えて、どのような措置をとる義務があるのかご紹介します。
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勤務間インターバル
勤務間インターバルは、1日に必要最低限の睡眠時間(6時間程度)を確保し、1~2日程度で疲労回復を図るための措置です。当直および当直明けの日を除き、始業から24時間以内に、次の勤務までに9時間のインターバルを確保することが義務付けられています。なお、当直明けの日(宿日直許可がない場合)は、始業から46時間以内に勤務間インターバル18時間の確保が必要です。
また、常態としてほとんど労働することがない宿日直に連続して9時間以上従事する場合は、9時間の連続した休息時間が確保されたものとみなします。
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代償休息
代償休息とは、長時間の手術や急患の対応などのやむをえない事情によって例外的に勤務間インターバルを実施できなかった場合、代わりに休息を取ることで疲労回復を図るための措置です。
突発的な診療に従事した場合など、勤務間インターバルを遵守できなかった場合は、予定されていた休日以外に休息を取得することとなります。
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面接指導と就業上の措置
面接指導と就業上の措置は、個人の状態を専門医がチェックし、必要に応じて労働を禁止するなど適切な対応をとるための措置です。睡眠および疲労の状況を客観的に確認し、疲労の蓄積が確認された者については時間外・休日労働が月100時間以上となる前に面接指導を行うことなどが義務付けられています。
面接指導実施医師は、面接指導の結果に基づいて医療機関の管理者に意見を述べ、休息が必要となれば就業上の措置を講ずることとなります。
義務化される措置は、時間外労働の上限規制の水準に応じて下記のように決まっています。
<時間外労働の上限規制の水準別に義務化される措置>
- A水準:「面接指導と就業上の措置」の実施義務、「勤務間インターバル」と「代償休息」の努力義務
- B水準、C水準:「面接指導と就業上の措置」「勤務間インターバル」「代償休息」いずれも実施義務
【参照】厚生労働省「追加的健康確保措置(連続勤務時間制限・勤務間インターバル規制等)の運用について」|厚生労働省(2021年8月)
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000806367.pdf
【参照】面接指導実施医師養成ナビ「追加的健康確保措置法規」|厚生労働省
https://ishimensetsu.mhlw.go.jp/.assets/ishimensetsu3.pdf
医師の働き方改革によって生じる影響
医師の働き方改革は、日本の医療を支える医師の命を守り、必要な医療を継続的に提供するために行われる取り組みです。医師の働き方改革が進めば、医療を受ける患者の安全・安心を担保することにもつながります。
ここでは今後、働き方改革によって生じる影響を見ていきましょう。
医療現場への影響
従来の医師の担当業務の中には、医師本来の役割である専門的な医療行為のほかに、「医師でなくてもできる業務」が含まれていました。例えば、下記のような業務です。
<医師でなくてもできる業務の例>
- 医療機関の定めた定型の問診票等を用いて、患者の病歴や症状などを診療前に聴取する業務
- 各種書類の記載
- 院内での患者移送・誘導
- 入院時のオリエンテーション
- 診療記録の入力
- 日常的な検査の詳細説明、同意書の受領
こうした業務の一部を他職種に任せたり、共同で行ったりするのがタスクシフトやタスクシェアです。業務が分散されることによって医師の負担を軽減して適切な労務管理につながるほか、多職種によるチーム医療のレベルアップを図ることができます。
【参照】厚生労働省「現行制度上実施可能な業務の推進について」|厚生労働省(2020年2月)
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000597166.pdf
医師のライフスタイルへの影響
働き方改革によって、医師のワークライフバランスが改善されることも期待できます。
タスクシフトやタスクシェアで仕事を共有すれば、欠勤を周りのスタッフがカバーできるようになり、「体調が悪いときは休む」「家族のために休む」といった個人の当然の権利を行使しやすくなります。タスクシフト・タスクシェアが進めば、体の調子が悪いときに無理して働かずに済み、家族と過ごすかけがえのない時間も確保できることで、メンタルヘルスにも良い影響があるでしょう。
また、勤務時間内に自己研鑽の時間を設けることも可能となるかもしれません。医師の心身の状態が安定し、スキルアップできれば、医療の質向上にもつながる可能性があります。
患者への影響
医師の働き方改革は、患者にもメリットがあります。いくら医師とはいえ、当直明け、徹夜明けで疲弊している状態では、作業能力や判断能力が低下する可能性があります。
医師の働き方改革によって医師が健康的に働けるようになれば、患者は日本の高水準の医療をより安全な形で、継続的に受けることができるでしょう。また、医師の心に余裕が生まれることで、患者とのコミュニケーションが円滑になり、聞きやすく、話しやすい雰囲気の診療によって、患者の満足度が高まることも考えられます。
働き方改革の実現に向けた医師の役割
医師の働き方改革は、制度によって医師の労働を管理することだけではなく、医師を含めた医療関係者の意識改革と行動変容こそが目的です。
トップダウン方式の一方的な情報発信では、強い責任感と使命感を持って仕事にあたる医師のモチベーションを低下させかねません。医師一人ひとりが働き方改革の必要性とその価値を認識し、主体的に取り組む風土を醸成する必要があります。
最後に、医師自身の意識改革を促す、医療現場での働き方改革の取り組み事例を3つご紹介します。
東京大学医学部附属病院の事例:労務管理の改善
一般病床1,178床、精神病床48床を有する急性期病院の東京大学医学部附属病院では、客観的なシステムによる適切な労務管理を目指して、医師向けの勤怠管理システムを導入。
これまで、カードリーダーで出退勤時刻を打刻して把握していた業務時間と、別途「勤務状況申告書」で自己申告していた「自己研鑽」や「時間外労働」にかかる時間が位置情報で分類管理されるようになり、医師の1日を可視化・詳細化できるようになりました。
この結果、医師自身が「何にどれだけ時間を使っているのか」を簡単に把握できるため、行動の適切な変容につながっていくことが期待できます。
九州がんセンターの事例:タスクシフト/シェアの推進
がん専門の急性期病院である独立行政法人国立病院機構九州がんセンターでは、診療科によって一人主治医制の場合とそうでない場合がありました。一人主治医制ではタスクシフト・タスクシェアが叶わず、働き方改革の実行自体が困難であるため、診療科へのヒアリングを経て全診療科にチーム主治医制、休日当番制を導入。
同センターは、先行診療科の情報共有などをしながら、診療科全体でカバーし合う体制の浸透を図っています。
長野中央病院の事例:AI問診の活用
322床の急性期病院である、長野医療生活協同組合長野中央病院では、パソコン作業の多さと、診療補助が追い付かないことによる外来の待ち時間の長さが課題でした。この問題を改善するため、若手医師を中心としたチームがAI問診の導入を推進。事務担当者がタブレット端末を使って問診を行い、問診結果が自然な医療言語に変換されてパソコンモニターに出力されるようにしました。
これにより、待ち時間の削減はもとより、医師、看護師の業務負荷の大幅な軽減に成功。事務職のモチベーションアップも達成し、積極的に新しいチャレンジをする機運の醸成にもつながっています。
【参照】厚生労働省「医師の働き方改革に関する好事例について」|厚生労働省(2021年9月)
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000832529.pdf
働き方改革は、全員が主役になることが重要
医師の働き方改革によって医師の健康を確保することは、医療の質と安全性の維持にもつながる重要な取り組みです。
医療関係者はもちろん、高度な医療を享受する患者側も、医師の責任感によって成り立っている日本の医療の現状を鑑みて医療へのかかり方、医療関係者への接し方を見直すことも重要でしょう。全員が主役となって、医師の働き方改革を成功に導いていくことが大切です。
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