「健康経営銘柄」選定企業 花王株式会社に聞く「社内外に、力強い健康づくりのムーブメントを」(前編)
撮影/角田 大樹 (株式会社BrightEN photo) |
世の中に「健康経営」という言葉が根付く以前から、時代に先駆けて健康への取り組みに注力してきた花王株式会社。2024年にも健康経営銘柄として選定され(9度目)、健康経営に優れた上場企業として広く知られています。 データの可視化や自社の知見を生かしたプロジェクトなど特色ある活動を長年展開し、今や社外にもその活動の範囲を広げています。同社の社員はもちろん、他企業や地域をも元気にする能動的な健康経営とは、一体どのようなものなのでしょうか。前編となる今回は、花王が健康経営の取り組みをスタートしたきっかけや、自社内の取り組みにおけるポイントについて、同社で健康開発推進部長を務める守谷祐子さんに伺いました。
守谷祐子(もりや・ゆうこ) 人財戦略部門 健康開発推進部長/GENKIプロジェクト リーダー/花王健康保険組合 常務理事 明治大学卒業後、法律系出版社総務部の勤務を経て、2002年花王に入社。 |
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健診結果から見えてきた健康課題へ挑むために
花王における健康経営の取り組みは、およそ24年前に芽吹き始めました。当時、福利厚生の見直しに取り組んでいた当社は、その一環として、会社が実施する健康診断と健康保険組合が実施する人間ドックにおいて問診や診断の項目を統一。2003年には、全社員分の健診結果をデータベース化することに成功しました。そして、実際にデータを集計してみたところ、「肥満者が多い」「運動習慣のある人が少ない」など多くの課題が浮かび上がってきたのです。これがきっかけとなって健康への取り組みを強化することになり、2005年に数値目標を含んだ健康中期計画である「KAO健康2010」を策定する運びとなりました。その後も本計画は、経営中期計画と連動しながらおおむね5年ごとに策定を重ねています。
当初は喫煙や飲酒の習慣がある人などへのアプローチ、つまり望ましくない生活習慣の改善を図る内容が中心でしたが、支援の対象者が偏るという問題がありました。そこで、健康づくりを日頃から心がけている人に対してインセンティブを付与するため、2007年には「花王健康マイレージプログラム」を開始。社員が健康になると会社も元気になり、それがより強い会社を作ることにつながる――。こうした考え方をベースにさまざまな取り組みを進めていきましたが、一方で、現場にはなかなか浸透しない現実もありました。そこで2008年、社長から全社に「花王グループ健康宣言」を発出。会社の意志として健康づくりを推進すると明言したことにより、各プロジェクトが一気に進めやすくなったのです。
当社における健康経営の特徴の一つが、会社と健康保険組合が積極的に協働していること。医療費の状況や社員の健康状態について細やかに把握している健康保険組合と手を取り合うことで、より効果的な施策の実現につながります。公法人である健康保険組合が取り組みを行うことにより、社内において公平感のあるプログラムを提供しやすいことも利点だといえるでしょう。なお、当社に勤務している社員だけでなく、その家族も健康支援の対象です。経営陣が「社員と家族」という表現をよく用いるなど、もともと花王には家族に目を向ける社風があり、当たり前のこととして取り組んできた感覚です。
花王が健康経営の取り組みをスタートしたきっかけについて語る守谷祐子さん
事業場ごとの特色ある取り組みを「自走」させる
当社では、全国に生産や研究・販売などの拠点が21カ所あり、さらに各地の店頭で多くの美容部員も活躍しています。それぞれで抱えている健康課題や置かれている状況が異なるからこそ、それらに対応した健康づくり計画の策定・実施が欠かせません。そこで、各拠点に「健康相談室」を設置。産業医や看護職を配置するだけでなく、それぞれの現場の人事職や総務職などを「健康実務責任者・担当者」に任命し、業務の一環として健康施策の推進に取り組んでもらっています。
この健康相談室の単位ごとに、健康データのフィードバックも行っています。「隣の地区は健康マイレージの参加率がうちよりも高い」といった状況が見える化され、各拠点でよりよい健康づくりの在り方が検討されやすくなるためです。実際に、健康実務責任者・担当者が他の拠点に問い合わせ、どのように施策を進めているか尋ねるような場面も珍しくありません。本社の健康開発推進部がすべてのマニュアルを作らなくても、現場ごとに特色を打ち出しながら「自走」するような仕組みを整えることは、想像以上に重要だったと思います。
こうした機運を一層高めるために、2011年からは「花王グループ産業保健ベストプラクティス」という表彰制度もスタートしています。これは、日々の産業保健活動の中から優れた活動を幅広く募集し、保健スタッフや健康実務責任者・担当者によるアンケートで選定・評価するもの。好事例を社内で横展開することにつながり、拠点ごとの健康づくり活動がますます活性化されています。例えば2023年には、工場において「職場の健康カルテ」を職場リーダーに配布し、各部署での健康課題へのアプローチを改善する事例や、行政や近隣企業と連携しながら喫煙の課題に着手し、社内の喫煙率低下に挑んだだけでなく市長への提案にもつながった事例などが表彰されました。
データを軸に健康経営のPDCAを回す
健康にまつわる情報を継続的に収集し、データとして積極的に活用することも、私たちが大切にしているポイントの一つです。定期健診受診率、二次検査受検率、喫煙率、高ストレス者率といった基本的な項目はもちろん、ワークエンゲージメント、プレゼンティーズム、アブセンティーズムや、「運動をほとんどしない人率」「ぐっすり眠れない率」「寝る前2時間以内の食事率」といった指標についても独自に設定・算出しています。経時的に見ると社員のヘルスリテラシーは少しずつ上昇しており、例えば2019年には94.9%だった二次検査受検率が2022年には96.0%になるといった成果が出ています。また、他の健康保険組合と比較しても、医療費や有所見者・未治療者などの割合が小さく抑えられているそうです。
健康データの分析や活用は難しいという印象を受ける方がいらっしゃるかもしれません。しかし、本当に必要なことはとてもシンプルです。当社でも、社内の研究所と組んで詳細な分析を行うこともありますが、基本的には各項目の情報をセグメントごと(性別、年代、地区、職種など)に切り分けていくことが中心です。こうして整理していくことで、「数字が語ってくれる」とイメージすると分かりやすいでしょう。何よりも大切なのは、データをもとに「この拠点で血圧が改善されているのは、食堂で行った健康イベントの成果では?」などと話し合いを進めること。PDCAの要として健康データを活用し、次の一手を見出していくわけです。
健康データの分析や活用で本当に必要なことはとてもシンプルで、整理していくことで「数字が語ってくれる」とイメージするとわかりやすい。
もう一つ、いわゆる健康イベントを浸透させるためのコツをお伝えするとしたら、「諦めず、しつこく、何度も行う」ことでしょうか。よほど方向性が間違っている場合は除いて、基本的にはイベントを継続的に実施することで、徐々に盛り上がっていくケースが多いです。一度やってみて、参加者が少なかったからとすぐ止めてしまうのはもったいない気がします。ちなみに、当社の健康イベントでは「達成賞」のようなかたちで自社製品をプレゼントすることが多いのですが、これが職場で話題となり「そんなキャンペーンがあるなら、次回参加してみようかな」と興味を持つ人が増えることもあるようです。
自社の事業から健康ソリューションを生み出す
さらに、ヒューマンヘルスケア事業を長年営んできた当社ならではの知見、技術、製品などを、健康ソリューションとして社員や家族に還元しています。「内臓脂肪と“くらし”に関する研究」や「歩行と健康に関する研究」などから得られた成果をもとに、主に「測る」「食べる」「歩く」という3分野で、社内でさまざまなプロジェクトを展開。これは花王独自の健康づくりであり、自社の強みを生かしていること自体が、社員のモチベーションアップにつながっている側面もあると思います。
「測る」に当たるのが、内臓脂肪をマーカーとした「生活習慣測定会」。花王と大阪大学で共同開発し、パナソニック株式会社様に製造・販売していただいている内臓脂肪測定器を使用し、内臓脂肪面積を推計すると同時に、独自の問診票で生活習慣を把握。内臓脂肪が蓄積する要因を明確化し、改善のアドバイスを行うものです。全国の事業場で測定会を開催しており、一人ひとりの課題だけでなく、現場ごとの課題も見える化しています。
「食べる」で提案しているのは、全国のさまざまな職域で1万人以上に実施した上記の内臓脂肪測定と生活習慣問診、そして詳細な食生活の調査に基づき確立された「スマート和食」という食事法です。内臓脂肪を減らすことを主眼に置いたメソッドで、無理にエネルギーを減らすのではなく「脂肪を少なく、たんぱく質多め」「糖質と食物繊維を一緒に」「脂質を摂るならオメガ3脂肪酸」という3点を満たすことがポイント。全国11事業場の社員食堂でメニューを提供する他、ランチセミナーや料理教室も開催しています。
「歩く」では、花王が開発した「ホコタッチ」という加速度センサー内蔵の歩行計を活用。歩数はもちろんのこと、歩行速度、消費エネルギー、歩行年齢などが算出され、若々しい歩き方の習慣化を図ります。現在、およそ9,000台を社員に貸し出しており、かなり浸透している印象ですね。営業支店間などで、対抗企画を開催することもあります。
「測る」「食べる」「歩く」という3分野で、社内でさまざまなプロジェクトを展開。
コロナ禍においては実施が難しい内容もありましたが、ホコタッチを届けて歩く習慣を継続してもらう、スマート和食のオンライン教室を実施するなど、限られた環境でもできる限りの施策に取り組んできました。ようやく状況が落ち着いてきた今、さまざまなプロジェクトが復活しつつあり、気分も新たに取り組んでいるところです。
守谷祐子さんがリーダーを務める花王のGENKIプロジェクトは
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