働く人を真の意味で支える!産業医が牽引する丸井グループのWell-being経営
撮影/和知 明(株式会社BrightEN photo) |
全社戦略としてWell-being経営を推進する丸井グループで、その「旗振り役」を担う情熱を持った産業医がいます。同グループのウェルビーイング推進部長かつCWO(Chief Well-being Officer)であり、上場企業では日本で初めて取締役に選任された産業医として知られる小島玲子さんです。小島さんが同社のWell-being経営に取り組むことになった経緯や、丸井グループならではの取り組みについて、詳しく話を伺いました。
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小島 玲子(こじま・れいこ) |
月報に添えた独自のレポートがすべてのきっかけ
共働きで頑張る両親の背中を見て育った私は、今まさに日本を支えている働き盛りの企業人を支えたいと思い、産業医を志しました。そして、約10年間、大手メーカーで専属産業医として従事したのですが、そこで感じた葛藤が今の活動につながっています。
例えば、社員に健康指導をしたくても「忙しいから」と断られたり、健康イベントを開催したのに本当に参加してほしい層は来てくれなかったり……。こうした課題を抱えている企業は自社以外にも多いことを知り、企業組織においては、「指導する、指導される」という医療者的なアプローチでは働く人の健康を十分にサポートできないと実感したのです。そこで、社員が主体的に健康づくりに取り組む「健康を通した人と組織の活性化」の推進を私自身のライフワークにしようと決意し、福利厚生ではなく、事業の一環としての健康推進活動に取り組みたいと考えるようになりました。ちょうどそうしたタイミングで、縁あって丸井グループの産業医として着任することになったのです。
当時は専属産業医が私だけだったので、月1回の開催が法律で義務付けられている安全衛生委員会のために、首都圏すべての店舗に出向いていました。そうしているうちに、複数の店舗の様子を横断的に見られる自分の立ち位置が貴重なものだと気付き、それぞれの現場で受けた印象とメンタルヘルス不調者のデータをレポートにまとめ、月報に添えて提出してみることに。そうした独自の活動を1年間ほど続けていたところ社長の青井の耳に入り、面談の時間が設けられることになりました。後から考えると、これが今の活動に至る重要な分岐点でした。
やや緊張しながら青井にレポートの内容を説明したのですが、それに対する直接的なコメントはなし。代わりに「小島先生の活動のゴールは何ですか?」という想定外の質問を受けました。実はこれこそ私が聞いてほしい問いだったので、先ほど言った「健康を通した人と組織の活性化」という強い思いを話したところ、社長も同じ方向性を目指していると分かったのです。
当時、青井は赤字経営からの脱却のために奮闘しており、その過程で「社員がフロー状態に入れる会社にしたい」と考えるようになったそうです。フロー状態とは、自分が本当に好きな物事に没頭し、そこから充実感や喜びを得られる状態のこと。人と組織の活性化においてカギとなる概念の一つで、実は私の大学院での研究テーマでもありました。
「手挙げの文化」を基盤にWell-being推進プロジェクト発足
「小島先生が医学的な観点から話すことで皆に真意が伝わる」と青井から言われたことで、通常の産業医としての業務に加え、マネジメント層などを対象にフロー状態に関するお話をする機会が生まれました。その評判が広まるにつれ、各店舗から講演を依頼されるなど、人と組織の活性化の取り組みに関心を抱いてくれる社員が増えていったのです。
「フロー状態は会社全体の活力を高める大切な要素だ」という考えが理解されるようになってきたところで、2016年に満を持して「Well-being推進プロジェクト」(当時の名称は「健康経営推進プロジェクト」)が発足。これはグループ横断の公認プロジェクトで、当然ながら就業時間内に活動するものとして、現在まで続いています。
本プロジェクトは公募制であることが特徴の一つ。応募者に小論文を課してメンバーを選抜し(毎年40~50人程度)、1年ごとに入れ替えていくことで、「Well-beingの伝道師」を増やしていくようなイメージです。初年度から想定以上の応募があり、倍率が5倍になるほどの人気でした。
こうした前向きな反応には、丸井グループに根付いている「手挙げの文化」が影響しています。丸井グループでは、中期経営推進会議をはじめとする重要な会議から、昇進試験や研修参加まで、あらゆることが公募制となっているのです。ウェルビーイングに関しても産業医だけが奮闘するのでなく、社員が自発的に取り組んで輪を広げていくことが肝心なので、モチベーションが高いメンバーが集まってくれることに大きな価値があると感じています。
Well-being推進プロジェクトによる活動は多種多様ですが、最近では社内にとどまらず、丸井グループが定義するすべてのステークホルダー(お客さま、お取引先さま、株主・投資家、地域・社会、社員、将来世代)へ働きかけるような内容に広がっています。例えば、コロナ禍の2020年には、中野マルイの近隣にある大妻中野中学校・高等学校とコラボレーション。「感謝のメッセージ」を1,400件ほど集め、中野マルイの店頭に学生さんのセンスでメッセージアートを制作し、店舗に展示してもらうことで地域を元気にしようという取り組みを行いました。また、2022年には新宿マルイ本館でフェムテックテナントを集めたイベントを開催。1,000名を超えるお客様がご来店されました。将来世代の企業家とのトークセッションなども企画し、女性特有の健康課題について多くの方に知ってもらう機会になりました。
Well-beingが「企業戦略」かつ「経営目的」に
こうしたボトムアップの活動に加えて、組織への影響力が大きいマネジメント層の理解を深めることも重視しています。そのための働きかけの一つが、私が志を同じくする産業医仲間と共に作成した「レジリエンスプログラム」。1期1年、2回の合宿を挟む盛りだくさんな内容ですが、これまでに累計170人、部長職の9割以上(2023年8月時点)が参加しました(希望者多数のため、現在は推薦制を採用)。このプログラムの目的は、会社のトップ層が自身と周囲の活力を高める習慣を身に付け、人と組織を幸せにできるリーダーを増やすこと。開始前と終了時に、本人・部下・家族による360度評価を実施しています。
実際、プログラム受講者が所属長を務める部署では、職場のストレス度が改善するといった効果が確認され※、ここで得た知識や習慣が周囲に好影響をもたらしていることが分かっています。また、社員のご家族からも「この研修を受けたことは家族にとってもよかった」「本人、家族、職場の3つのバランスが取れることで初めて幸せになると分かった」といった前向きなコメントが多く寄せられました。中には「休みの日に行きたいと言ったところに、(部長である父親が)よし連れて行ってやると言って、連れて行ってくれて、とても楽しませてもらっています」と手紙を書いてくれた9歳の女の子もいました。
※ストレスチェックに基づく組織分析の変化値(グループ全体の平均との比較)
こうした活動が続いてきたのは、Well-being経営を企業戦略の一つに掲げ、グループ全体で積極的に推進してきたからこそでしょう。当社が重視しているのは「病気にならないこと」だけでなく、「今よりもっと活力高く、しあわせになること」。当社のWell-being経営の定義は、(社員を含む)すべてのステークホルダーの利益と幸せの重なり合いを拡げること」です。Well-beingの視点を通して新しい価値を創り、社会全体を幸せあふれる場所にしたいと願っているのです。
2021年には5カ年の中期経営計画においてWell-beingとサステナビリティーが経営目的として明確に位置付けられ、その流れでCWO(Chief Well-being Officer)という役職が誕生。私が就任することになりました。同じ年に取締役執行役員にもなり、より幅広い視野で人と組織の活性化に取り組んでいます。
「競争」でなく「共創」で人と組織を活性化しよう
健康経営に関連して、多様性推進も欠かせないトピックであり、当社が注力しているポイントの一つです。例えば、女性活躍の文脈では、「女性イキイキ指数」という重点指標を設定して取り組みを可視化。「女性リーダー比率」など当事者の活躍を直接的に観測するものだけでなく、「男性の育休取得率」「男性の育休1カ月以上取得率」「男性は仕事、女性は家事育児という性別役割分担意識を見直すことに共感する人の割合」など、男性の働き方や考え方に関する指標も多いことが特徴です。
これらの施策に関しては、「リーダーになりたくない女性もいるのでは?」といった疑問を感じる向きもあるかもしれません。確かに、キャリアに対する価値観は人それぞれです。当社の「女性の上位職志向」という指標(アンケートで「今よりも上のグレードをめざしたい」と回答した人の割合)をみると、ここ数年は7割程度で横ばいになっている状況です。しかし、回答の理由を詳しく探っていくと、やはり「プライベートとの両立が難しそうだから」といった理由を挙げる人が多かったのです。こうした不安の分析や払拭について、企業としてできるだけバックアップしていく姿勢が欠かせないと考えています。
私は、丸井グループでWell-being推進に携わる中で、社員が主体的に活動を推進することの重要性をあらためて実感しています。これは健康経営や女性活躍といったテーマについても同じことがいえるでしょう。そして、社会的に見てこれらのテーマの共通点は、企業同士で「競争」するような性質のものではないということ。むしろ 、情報交換や対話を繰り返しながら「共創」していく意識が大切です。人と組織、そして社会の活性化のために、多くの人々と一緒にムーブメントを盛り上げていきたいです。