ホルモンの「荒波」を乗りこなす女性を、企業も支える時代に
撮影/和知 明(株式会社BrightEN photo) |
女性活躍推進やフェムテックという言葉は耳にしたことがあっても、いまいちその意義が理解しきれない、女性だけを対象にした施策を講じることに抵抗がある、あるいは何から取り組むべきか悩んでいるというマネジメント層は多いでしょう。ホルモンの波にさらされながら頑張る女性たちに、企業はどのようなサポートをすればいいのでしょうか。一般社団法人日本フェムテック協会で代表理事を務める山田奈央子さんに、基本的な考え方や施策を導入する手順について、分かりやすくご説明いただきました。
山田 奈央子(やまだ・なおこ) |
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自身の女性疾患の経験が、協会設立の原動力
自分の「からだ」と「こころ」について、もっと知ってほしい――。女性に対してそう考えるようになったのは、かつて下着メーカーに勤めていた頃からです。商品開発に際して当事者の声を聞く機会が多かったのですが、女性ならではの心身の特徴に対する知識や理解が薄く、「下着なんて何でもいい」と考えている方も少なくありませんでした。その後、独立して株式会社シルキースタイルを立ち上げ、女性の悩みに真摯に向き合ったプロダクトの創造に取り組みましたが、どんなにいい製品を作っても、その意義が伝わらなければ意味がないと確信するように。女性の健康に関する啓発活動をしたいという思いは、年々高まっていきました。
そんな折、私自身が女性疾患で倒れるという体験をすることになりました。仕事の忙しさやコロナ禍を言い訳に、腹部の違和感を半年ほど放置してしまい、ある日激痛で動けなくなったのです。この実体験を周囲に話したところ、「実は私も女性疾患になって……」「以前に子宮を取っていて……」など、健康上の問題で苦労している女性の声が山ほど返ってきました。つらい思いをする女性を少しでも減らし、自分らしく働き続けられる社会をつくりたいという思いが高まり、一般社団法人日本フェムテック協会の設立に至ったのです。
一般社団法人日本フェムテック協会の設立を語る山田奈央子さん
立ち上げに際しては、女性医療クリニックLUNAグループ理事長の関口由紀さん、女性医療ジャーナリストの増田美加さんなど、志を同じくする素晴らしいメンバーが集まってくれました。協会として最初に取り組んだことの一つが、協会認定資格の創設です。「何をどこまで学べばいいか分からない」「信頼できる情報源にたどり着けない」といった悩みが多かったことから、ヘルスリテラシーを高められる医師監修の認定資格を設けることにしました。
3級は、5分程度のWebテストで気軽に取得可能。2級は講座受講とテスト、1級は論文提出やプレゼンテーションが必要といったように、3つのレベルを用意しています。自身のヘルスケアを学ぶために受講される方は全体の4割程度で、フェムテック関係の事業に携わる方、企業の人事や総務、経営に携わる方の割合が、男性を含めて年々増えています。
「なぜ女性だけに?」という誤解を払拭しよう
こうした変化は、私が依頼を受けるフェムテック関連の講演会やセミナーにも表れています。「チームメンバーが女性ばかりなので知識を高めておきたい」といったニーズが増加し、受講者が男性だけというケースも珍しくなくなりました。「女性のコンディションがいい時期は1カ月のうち1週間程度しかない」といった情報に驚きの声が上がることも多く、職場での気遣いやマネジメントの必要性を認識いただけているようです。
一方で、企業としての女性活躍推進施策についてお話しすると、「女性個人の問題に企業側から関与する必要性があるのか?」「女性だけを対象にした施策は不平等ではないか?」といったマイナスの反応があることもまだまだ少なくありません。こうした疑問が浮かんでしまうことの背景には、「女性活躍推進=女性だけが恩恵を得られるもの」という誤解が存在するのだと思います。
フェムテックや女性活躍推進は女性だけが恩恵を得られるものと誤解されていると語る山田奈央子さん
このようなマイナスの反応を示す方も、より深く話を聞くと「女性社員が定着しなくて困っている」といったマネジメント上の悩みを抱えているもの。自身の体調をコントロールしながら安定的に働ける女性が増えれば、業績アップや離職率の低下といった経営上の利点が見込めます。また、実績を積んでキャリアアップする女性が増えることで「ロールモデル」が誕生し、それを目指そうと女性が奮起する、新たな採用につながるといった、さらなる好循環が生まれる可能性も少なくありません。つまり、企業全体としても多くのメリットが想定できるわけです。逆に、女性の健康の課題に配慮せずパフォーマンスの低下を放置すれば、自身の部署やチームで業績が落ちてしまいかねません。
女性が多く活躍する販売員などの業種では、店長がスタッフの生理周期を把握し、シフトをマネジメントするケースも出てきました。想定外の休みを減らす、体調不良時に互いにカバーし合う、全員のコンディションがいいタイミングでイベントを行うといった管理が可能になり、売上げが大幅に上がった事例も耳にしています。デリケートな話題ではありますが、口頭で生理日を報告せずに済むツールを活用するなど工夫し、「共有して助け合うことの方がハッピー」という価値観が共有されているため、スタッフから好意的に受け入れられているのでしょう。
ニーズの把握とリテラシー向上が施策の第一歩
それでは、企業で女性活躍推進に取り組もうとしたとき、何から手を付ければいいのでしょうか。まずは、社内アンケートだと思います。一口に女性の悩みと言っても、「PMSがつらい」「妊活したいのに休みが取りにくい」「更年期障害が始まったが周囲に相談しづらい」など、その内容はさまざま。トップダウンで対象を決めてしまうと、現場のニーズから外れた使いづらいものになりかねません。まずは現状を把握するため、自身の体の悩み、そして会社のサポート体制への要望をしっかりと聞き取りましょう。
次に取り組みたいのが、リテラシーの向上です。社内アンケートで抽出された悩みをテーマの中心に据えて、セミナーや研修会などを実施してみましょう。基礎的な知識が増えることはもちろん、体の悩みを話しやすい雰囲気を醸成することにもつながります。これは想像以上に大切なポイントで、「若い子に更年期の悩みを話しても仕方ない」「妊活のつらさを上司が分かってくれるはずがない」といった見えない壁を取り払い、コミュニケーションが生まれやすくなります。
リテラシーの向上は互いの理解につながり、見えない壁を取り払い、コミュニケーションが生まれやすくなる
そうした後、いよいよ制度づくりに取りかかりましょう。一般的には、新たな休暇制度を設ける、PMS対策や妊活に補助金を出す、社内に健康相談窓口を設置する、といった内容がよくみられます。この機会に部署横断型でメンバーを集め、フェムテックに関するチームを立ち上げることも一案でしょう。こうしたプロセスを着実に踏んでいる企業では、取り組みが一時的なものにとどまらず、しっかりと定着する傾向があります。
ある地方の企業では、女性活躍推進施策を始めるために話を聞いた女性社員たちから、「あまりにも社長は分かっていない!」と厳しい意見が続出したそうです。社長はそれを真摯に受け止め、徹底したリサーチの末、低用量ピルの購入費用を会社として補助することになりました。すると今度は、男性社員から「自分たちは恩恵を受けられない」とクレームが……。思案した社長は、制度の利用対象を男性社員の家族(妻や娘など)まで広げることにしました。結果的に、女性社員のやる気が高まって会社へのコミットメントが改善したばかりか、男性社員からも「パパの会社は素晴らしいと娘に褒められた」「家族で性の話ができ、互いを労われるようになった」という喜びの声が続出したそうです。社員と向き合い、最適解を探り続けた素敵な事例だと感じています。
ワーク・ライフ・ホルモンバランス®の理解を進めよう
フェムテックのような概念が出てくる以前の世代には、あまり大きな健康課題に悩まされなかったり、あるいは強靭な精神力でそれを乗り越えたりして出世を遂げた、いわゆる「スーパーウーマン」も存在するでしょう。そうした方々が大変な努力を重ねてきたことは間違いないと思うのですが、女性活躍を企業が応援する新たな考え方も、ぜひ肯定的にとらえていただきたいのです。社内に多種多様なロールモデルが存在し、自分らしいキャリアの積み重ね方を模索できること自体に大きな価値があります。「あの人のようには頑張れないからキャリアをあきらめよう」と去っていく後輩を減らすという視点は、上に立つ人間として必須ではないでしょうか。
また、フェムテックという言葉からは「女性専用のもの」というイメージを抱きがちですが、決してそんなことはありません。誰もが働きやすい環境を整え、イキイキと活躍し続けてもらうことで、生産性を高めていく……。こう考えれば、すべての職場にとって重要な概念であることが分かるのではないでしょうか。近年、その重要性が叫ばれているDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)、そして人的資本の開示といった概念にも大いに関連し、今や企業として避けることのできない命題だと考えています。
女性の一生は、まるで荒波のよう。良くも悪くも、ホルモンに影響され続けています。知っていれば予防できる体調不良や、リスクを減らせる疾患もたくさんあるので、正しい技術と知識を持って対処していくことが肝心です。そこで日本フェムテック協会では、「ワーク・ライフ・バランス」にホルモンをマネジメントするという意味を加えて、「ワーク・ライフ・ホルモンバランス®」という概念を提唱しています。ワーク・ライフ・ホルモンバランス®について当事者である女性自身、そして共に働く男性も知ることによって、相互理解が前提となる真にウェルビーイングな社会が実現できるのだと信じています。
山田奈央子さんが代表理事を務める一般社団法人日本フェムテック協会の 2021年設立。女性があらゆるライフステージで「こころ」と「からだ」のバランスをとりながら、自分らしく活躍できる社会をつくりたいと思い設立に至る。女性特有のゆらぎに寄り添うためのウィメンズヘルスリテラシーの重要性を周知する為、企業内のヘルスリテラシーを上げる研修や、医師監修の認定資格など設け、正しい知識の普及をおこなっている。 |