2023年4月から中小企業の割増賃金率が50%に引き上げ 社会保険労務士が解説する経営者が準備するべきこととは?
文/深石 圭介 社会保険労務士
こんにちは、社会保険労務士の深石圭介です。2023年4月から中小企業の割増賃金率が50%に引き上げされることになりました。引き上げに向けて、今からなにを準備しておくべきなのでしょうか。割増賃金率引き上げにあたり、企業が気をつけるべきポイントを解説します。
目次[非表示]
- 1.割増賃金率とは?中小企業の割増賃金率が50%になるのはいつから?
- 2.中小企業が割増賃金率の引き上げ負担を減らすためにできることとは
- 2.1.従業員の残業時間を減らす?
- 2.2.割高になっても従業員には残業をしてもらう?
- 2.3.変形労働時間制、裁量労働制を導入する?
- 2.4.割増賃金率の引き上げ対策は仕事の生産性向上!
- 2.5.図表1:職務別職業能力体系図
- 2.6.業務改善助成金
- 2.7.働き方改革推進支援助成金 労働時間短縮・年休促進支援コース
- 2.8.IT導入補助金
- 3.36協定で残業を減らす誓いを立てる
- 3.1.36協定とは
- 3.2.36協定の記載のポイント
- 3.3.図表2:36協定届の記載例
- 4.まとめ
割増賃金率とは?中小企業の割増賃金率が50%になるのはいつから?
割増賃金率とは、「労働に対して支払う賃金について、労働時間が法定の時間を超えた場合、基本給に上乗せして払う率」のことです。2019年度より開始されている「働き方改革関連法」の一環で、時間外労働における割増賃金率の引き上げが段階的に行われています。
これまで、1カ月に60時間を超える時間外労働に対する割増賃金率は、労働基準法上、大企業は50%、中小企業は25%でした。しかし、2023年4月からは、中小企業の割増賃金率が大企業と同じ50%に引き上げられます。猶予措置終了によるものです。この割増賃金率について正しく理解し、引き上げまでに準備しておくことを確認しましょう。
割増賃金の計算方法は以下の通りです。
<月給制の社員の場合> 月給(一部の手当は含まない)÷1年間における1カ月平均所定労働時間 =1時間あたりの賃金 1時間あたりの賃金×0.5=割増賃金となります。 |
60時間を超えた分について中小企業は0.25(25%)でしたが、その値が0.5(50%)になるのです。
中小企業が割増賃金率の引き上げ負担を減らすためにできることとは
従業員の残業時間を減らす?
例えば月100時間ある残業を、対策することなく命令だけで単純に60時間に減らすのは大変です。現場の負担が大きく、仕事の品質が落ちることになります。従業員の仕事に対するモチベーションも下がってしまうでしょう。
割高になっても従業員には残業をしてもらう?
残業手当増加分を穴埋めするためには、仕事単価の引き上げが必要になるでしょう。会社の利益を維持するためには、例えば1時間で10の価値のものをつくる状態から、1時間で20の価値のものをつくるため、品質の向上を行わなければなりません。
変形労働時間制、裁量労働制を導入する?
時期により、残業時間に繁閑があるなら、それをならして変形労働時間制等を採用し、残業「手当」を減らす方法は可能です。ただし根本的な残業「時間」削減の解決にはなりません。
割増賃金率引き上げの負担を減らすためには、会社や従業員の負担が大きくなることがわかります。
そう考えると、有効な解決策は、残業時間を減らしつつ、仕事単価を引き上げる=生産性の向上によって割増賃金率の引き上げをカバーする、ということになるでしょう。
割増賃金率の引き上げ対策は仕事の生産性向上!
残業時間を減らして売り上げを維持するには、生産性の向上が有効です。そのためには、仕事(職務)の棚卸しをして、能率の良し悪しを割り出すことがポイントになります。
例えば会議資料のページ数削減、作成時間圧縮などや、便利なツールを使って時間を短縮する可能性を探るといったことが挙げられます。
まずは職業能力体系図を作成し、仕事の棚卸しを行いましょう。職業能力体系図は、厚生労働省が策定している「事業内職業能力開発計画」に載っています。
図表1:職務別職業能力体系図
図表1:職務別職業能力体系図
出典:「事業内職業能力開発計画」作成の手引き
「事業内職業能力開発計画」は、ひと言でいうと「どういう理由でこの会社で仕事をするのか?」を問う会社の「発展・育成計画」です。人材開発支援助成金の要件に出てきますが、それ以外にも会社の社内教育マニュアル、賃金制度、評価制度の作成など、多方面に活用できる書面です。
その中の職業能力体系は図表の通り、新入社員からベテラン社員を横軸に、職種を縦軸に配置し、やるべき仕事を箇条書きにして、部門ごとに効率化の可能性を考えるものです。さらに職務評価をしてどの仕事を効率化するかを検討し、マニュアル化につなげますが、まずは効率化の具体的な方法を出していきましょう。
例えば、「営業活動の顧客管理をシステム化する」「製造の専門機器による加工をAI化して、そこで働いていた人材に教育訓練し、別なところで活躍できるようにする」などです。
ただ、システム化やマニュアル化、教育訓練には相応の費用がかかるので、厚生労働省の助成金、経済産業省の補助金を利用することをおすすめします。代表的なものは以下の3つです。いずれもなにか措置を行ったり、モノを買う前に計画を立て、当局の認定を受けることがポイントです。
業務改善助成金
都道府県の最低賃金を30円以内上回る、企業内の最低賃金を30円以上上げることで、その経費にかかった費用の最大9/10が助成されます。
働き方改革推進支援助成金 労働時間短縮・年休促進支援コース
労働時間の短縮や、特別休暇等の取得促進等を行った場合、それにかかった費用が最大4/5助成されます。研修やコンサルティング、人材確保に向けた採用の取り組みも対象になります。令和4年度分は10月4日、申請上限に達して受付停止(いわゆる「売り切れ」)。
IT導入補助金
IT関連の機械機器をIT導入支援事業者(ITベンダー)から導入し、業務の効率化を行い、実績を報告することで、一定額の導入経費が補助されます。
助成金や補助金は、事前に準備しなくてはならず、申請書類も多いですが、その申請過程で仕事の本質や足りなかったところ、ムダなところがあぶり出されることも多いものです。
2022年10月には最低賃金の引き上げもあるため、生産性向上対策のヒントが得られれば、直ちに申請するようにしましょう。
36協定で残業を減らす誓いを立てる
36協定とは
生産性が向上する見通しが立ち、残業が減ったら、36協定でそれを文書にして、正々堂々と残業を減らした会社であることを当局に届けましょう。36協定とは、正式には「時間外・休日労働に関する協定届」のこと。労使で納得した「残業の許可書」であり、当局に届けることで「当局に対する誓い」になります。これがないと、残業や休日労働をしてはいけないということになっています。
内容は従業員に残業させる時間について、1日/月間/年間の最大限度、残業させる理由を書き、管轄の労働基準監督署に届出を行います。年間いつでも届けられますが、年度初めの4月に期間1年有効で届ける企業が多いです。
36協定の記載のポイント
残業させる時間やその理由は、会社の現実に合わせて書けばよいのですが、厚労省は残業時間の1日、月間、年間の基準を示しています。
この基準を守って記載するといいでしょう。
ただ、現実の残業時間がこの基準を下回ればよいですが、書いているものより現実が上回ると「協定違反」になるので注意が必要です。
残業させる理由は簡単で構いません。受注の季節的増加、棚卸しや決算、新入社員の教育訓練の繁忙などです。
なお繁忙期など、基準を上回ることになる場合は「特別条項」を加えます。例えば以下の通りです。
一定期間における延長期間は、1カ月45時間、1年360時間とする。ただし通常の生産量を大幅に超える受注が集中し、特に納期がひっ迫したときには労使の協議を経て、6回を限度に1カ月60時間まで、1年420時間までこれを延長することができる。なお、延長時間が1カ月45時間を超えた場合の割増賃金率は30%、1年360時間を超えた場合の割増賃金率は35%とする。 |
こうした文章を36協定届の下の方に入れる、もしくは36協定のフォームを使って表にして、別協定にしてもいいでしょう。なるべく残業は減らすべきですが、届けるときには労働基準法違反が起こらないように、起こりうる残業をなるべくカバーすることがポイントです。
図表2:36協定届の記載例
図表2:36協定届の記載例
出典:厚生労働省
36協定の記載にあたっておさえておきたいのは、「届出と現実にウソをつかないこと」です。過労死やメンタルヘルス事案が発生し、当局にチェックされると、36協定と残業の現実が離れているほど、当局の目は厳しくなります。大事故が起これば36協定の有無や相違はニュースでも取り上げられます。
また、残業時間の実績を少なく虚偽申告をすると、罰則※がある上に時間をさかのぼって、支払うべきだった残業代を支払わなければいけないことになります。
※残業代の未払いがあった場合には労働基準法119条等により「6か月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科される可能性があります。
大事故でなくても、残業が多いことが原因の労災事案が出れば、その会社は是正勧告を受けて改善を促されます。
是正勧告を無視し続け、改善が見られない場合には、書類送検や逮捕に発展してしまう可能性もあり、その結果、労務倒産や「血も涙もない会社だ」という評判が立って、事業が成り立たなくなることもあるのです。
まとめ
割増賃金率引き上げの対策としての生産性の向上は、国のデジタル政策への注力と相まって、企業にとって今や急務になっています。
今回解説した内容を参考にしていただき、2023年4月からの割増賃金率引き上げに向けて、今から準備を進めておきましょう。
深石圭介(ふかいし・けいすけ) 社会保険労務士 労務管理事務所新労社代表 1992年新潟大学法学部卒業。以後、会計事務所に入所。さまざまな業種の企業へのサービスで主として労務分野のコンサルティングを経験。 2004年に開業。得意分野は雇用関連助成金の申請、それに引き続く中小企業のための実践的な労務管理制度運用の提案。現在は賃金アップを含めた「新しい資本主義」助成金に注目し、さまざまなコンサルティング・ツールを用いて実践中。著書として「雇用関係助成金 申請・手続マニュアル」(日本法令)がある。 |