2022年の年金制度改革注目トピックをわかりやすく 在職老齢年金・在職定時改定、受給年齢繰り上げ繰り下げで年金を増やす
文/横山 晴美 ファイナンシャルプランナー
健康経営を推進している企業では、社員一人ひとりのヘルスリテラシーが高い傾向にあり、結果として健康寿命の延伸にも寄与します。元気な高齢期を迎える社員が増えることから、将来的な就労状況や年金受給環境への理解を促すことも大切です。
個々のライフスタイルが多様化していることを受け、2022年は、より柔軟な年金制度改革が実施されます。2022年の年金制度改正のうち、高齢期の生活に直結する2つのトピックを解説します。
目次[非表示]
- 1.年金制度の基礎知識
- 2.2022年度年金制度改正について
- 3.【改定のポイントその1】在職老齢年金の在り方の見直し
- 3.1.従来の在職老齢年金支給の仕組み
- 3.1.1.【改定前:支給調整が入る金額】
- 3.2.「在職定時改定」の新設
- 3.2.1.<在職老齢年金の在り方の見直し>
- 4.【改定のポイントその2】受給開始時期の選択肢の拡大
- 4.1.繰上げ支給・繰下げ支給、双方の変化
- 4.1.1.【繰下げ(遅く受給する)受給の条件】
- 4.1.2.【繰上げ(早く受給する)受給の条件】
- 4.1.3.【繰上げ受給の減額率】
- 4.1.4.【繰下げ受給の増額率】
- 4.2.繰上げ支給・繰下げ支給の注意点
- 5.将来の年金受給に備えて、企業は基礎知識の周知を
- 6.年金制度は今後も法改正が見込まれる
年金制度の基礎知識
年金が大切だと感じていても、そもそもどのような制度なのか、自身にどうかかわるのかをきちんと把握している社員は少ないかもしれません。特に管理職なら部下に年金制度について問われたとき、簡潔に回答できるよう、理解を深めておきましょう。
そもそも年金とは
年金とは、生活の安定を目的とした公的な制度で、一般的には高齢期に支給される「老齢年金」を指します。一定の年齢になると納めた年金保険料に応じて、年金が支給される仕組みです。企業と被保険者が保険料を折半して支払う「厚生年金保険(老齢厚生年金)」と、被保険者が定額の保険料を全額負担する「国民保険(老齢基礎年金)」の大きく2つがあります。
年金の種類
そのほか、世帯主が死亡した場合の「遺族年金」や、自分が病気やけがで障害を負って仕事ができなくなった場合の「障害年金」も制度に含まれます。生活面でのさまざまなリスクに対応するセーフティネットの役割を担うものであり、制度を支えるために国民一人ひとりが年金保険料を負担しているといえるでしょう。また社会保険料の一部を負担している企業も、年金制度を支える重要な存在です。年金制度の保障範囲は広いのですが、本記事では「老齢年金」の制度改正に注目して、詳しくお伝えします。
2022年度年金制度改正について
年金制度改正法は、正式には「年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する法律」といい、2020年6月に公布されました。改正は、2022年4月から順次施行されています。
人生100年時代といわれる今、今後も高齢期の長期化が見込まれます。今回の改正では、高齢期の経済基盤を安定させることも目的のひとつとされています。しかし、制度が充実しても利用者側がそこに意識を向けていないと、せっかくの改正も生かされないでしょう。
利用者本人が制度を理解するのはもちろんですが、年金をともに積み立てていくパートナーである企業側にも趣旨を汲み取った対応が望まれます。企業として社員の理解促進をサポートする仕組みづくりを考えてみましょう。
特に健康経営を行っている企業は、年金制度の理解促進は重要度が高いものです。というのも、高齢期を快適に生きるためには「健康」と「生活基盤の安定」、双方の要素が必要だからです。健康経営の一環として、ヘルスリテラシー向上と同時に、マネーリテラシーを高めるきっかけを提供するのもよいかもしれません。
【改定のポイントその1】在職老齢年金の在り方の見直し
年金は高齢期の、仕事を引退した後にしか受け取れないと思っていませんか? 実は、60歳以降に働いている人でも年金を受け取れる「在職老齢年金」があります。厚生年金に加入して働きながら受け取る老齢厚生年金で、給与に応じて支給額が減額されるため、働き方に影響します。しかし、今回の改定で支給のボーダーラインが緩和され、結構稼いでも年金をもらいながら働けるようになりました。詳しく見てみましょう。
従来の在職老齢年金支給の仕組み
在職老齢年金では賃金を得ていても年金(特別支給の老齢厚生年金)の受け取りが可能です。しかし、賃金と年金月額の合計額が一定額を超えると、年金の全部または一部が支給停止される仕組みとなっています。その条件は年齢によっても異なり、2022年3月以前は、以下の条件で支給調整が行われていました。
【改定前:支給調整が入る金額】
1:60歳から64歳
賃金と年金月額の合計額が28万円を超えると、全部が受け取れない「支給停止」、または一部が減額される「支給調整」
2:65歳以降
賃金と年金月額の合計額が47万円を超えると支給停止
今回の改定によって、2022年4月以降は、上記「1」の60歳から64歳までのケースについて、「支給停止・調整」の判断基準となる「28万円」のボーダーラインが引き上げられ、合計47万円までは支給調整が入らず、年金が全額受給できるようになりました。
厚生労働省年金局が公開した資料によると、これまで在職老齢年金を受け取る人の多くに、賃金と年金月額の合計額を28万円以内に抑える動きが見られました。しかし、今後、上限が上がれば、収入額にとらわれず自由に働きやすくなると推測されます。
「在職定時改定」の新設
2022年4月より新設された「在職定時改定」も見逃せない制度です。65歳以降に厚生年金被保険者として就労(在職)しつつ、老齢厚生年金を受給する人を対象とするもので、高齢期の就労を後押しする仕組みです。
本来、厚生年金は保険料を納付する年数が増えるほど、将来受け取る年金額に反映される仕組みになっています(上限はあります)。そのため、65歳以後にも保険料を納付すれば、年金額が増えるはずなのです。しかし、これまでは65歳以後に厚生年金保険料を納めても、退職または70歳に到達(被保険者資格喪失)するまで、年金は増額しませんでした。こうした条件下では、高齢期まで働く方が不利に感じてしまうでしょう。
そうした状況を緩和するために、2022年4月よりスタートしたのが「在職定時改定」です。65歳以降は毎年10月に年金額の改定が行われ、保険料を納付した分が毎年、年金額に反映されることとなりました。
例えば65歳の女性が70歳まで働いて厚生年金保険に加入している場合、これまでは、70歳で退職するまで年金額が増額しませんでした。しかし今年4月以降は年額について毎年改定が実施され、実績に応じた増額がされます。
65歳以降の働いた効果が退職を待たずに反映されるため、働く意欲を刺激します。加えて、収入増加となるため生活基盤の安定にも寄与することが見込まれています。
以下、改定前後の変更点2つを表にまとめました。
<在職老齢年金の在り方の見直し>
1. 在職老齢年金の緩和 | |
---|---|
対象年齢 |
60歳から64歳 |
従前 |
支給調整ライン:28万円 |
2022年4月以降 |
支給調整ライン:47万円 |
2. 在職定時改定の新設 | |
---|---|
対象年齢 |
65歳以上 |
従前 |
厚生年金被保険者資格喪失時まで老齢厚生年金額は改定されず |
2022年4月以降 |
在職中毎年1回、年金受取額の改定を実施 |
在職老齢年金の2つの制度改定について
出典:厚生労働省HPを基に筆者作成
【改定のポイントその2】受給開始時期の選択肢の拡大
年金は、受け取り時期を指定できる「繰上げ支給」「繰下げ支給」の制度があります。この仕組みの一部も改正の対象です。その内容と、利用時の注意点を紹介します。
繰上げ支給・繰下げ支給、双方の変化
年金を受給できるのは、原則として65歳からとなっています。ただし、年金は「繰上げ受給(早く受給する)」と「繰下げ(遅く受給する)受給」が可能で、受取時期を自身のライフスタイルに応じて選択できる柔軟性があります。ですが、注意したいのが、「年金は繰上げると減額され、繰下げると増額される」点です。今回の年金制度改正で、その条件の一部が変更されたことで、選択肢の幅が広がります。
【繰下げ(遅く受給する)受給の条件】
これまで、繰下げにおける増額率は66歳以降「1か月あたり0.7%増」で、改定後も変化はありません。しかし繰下げ可能となる年齢はこれまで「70歳まで」だったものが、改定後には「75歳まで」となり、受給可能な年齢の幅が広がりました。仮に10年間(12×10年=120月)繰下げ、支給時期を75歳まで遅らせると、84%(120月×0.7%)までの年金増額が可能です。
※繰下げ支給…65歳時の受取額を基準に、増額される。増額率は「繰上する月数×増額率」
【繰上げ(早く受給する)受給の条件】
一方、繰上げ支給の減額率が月あたり「0.5%」だったものが、「0.4%」に引き下げとなりました。つまり、早く受給したとしても、今までよりも減額される額が小さくなるのです。
5年早く受給するケースで考えると、「60月分(5年×12月)」の繰上げです。従前の減額率は0.5%でしたので60月繰上げると30%(60月×0.5%)の減額でしたが、0.4%ならば24%(60月×0.4%)の減額にとどまります。なお、繰上げ支給の減額率引き下げは、2022年4月以降に60歳に到達する人が対象です。
※繰上げ受給…65歳時の受取額を基準に、減額される。増額率は「繰上げする月数×減額率」
【繰上げ受給の減額率】
減額率(月あたり) |
|
---|---|
従前 |
0.5% |
2022年4月以降 |
0.4% |
3年(36月) |
5年(60月) |
|
---|---|---|
受取時期 |
62歳 |
60歳 |
従前 |
18% |
30% |
2022年4月以降 |
14.4% |
24% |
出典:厚生労働省HPを基に筆者作成
【繰下げ受給の増額率】
増額率(月あたり) |
---|
0.7% |
※改定なし
5年(60月) |
10年(120月) |
|
---|---|---|
受取時期 |
70歳 |
75歳 |
増額率 |
42% |
84% |
繰上げ受給における減額率の例
出典:厚生労働省HPを基に筆者作成
繰上げ支給・繰下げ支給の注意点
減額率だけを見ると、今回の改定により、繰上げ支給はいわゆる「お得」に感じるかもしれません。しかし、繰上げ支給を行うには以下の点を注意する必要があります。
1:一度選択してしまうと、その後、国民年金に任意加入できなくなる
仮に保険料免除や納付猶予を受けたことがある場合、あとからその期間の保険料を追納しようと考えても、することができません。
2:以後に何らかの理由で体に支障が生じても、障害年金を受け取れない
繰上げ受給後に初診となった障害がある場合、原則、障害年金を受け取れません。
また繰下げ支給において、厚生年金保険(老齢厚生年金)受給予定者が、長く働き続けることを前提に「在職老齢年金」によって受給額の「支給停止・調整」を希望する人は注意が必要です。というのも、「支給停止・調整」された部分は繰下げても増額の対象外だからです。つまり、在職老齢年金の対象となる人が繰下げ支給を選択する場合、本来受け取れる部分、支給停止・調整されない部分のみ増額の対象となります。
高齢期の生活は家族との関係や自身の健康状態など、さまざまな要因に左右され、将来を正確に見通すことは難しいものです。不確実である以上、増額率・減額率といった数値だけで損得を考えるのはあまり意味がありません。自身が「何歳まで働きたい」のかを考えるのはもちろん、「現役時代のように働きたい」のか、「年金を受給しながら程よく働きたい」のか、働き方やライフスタイルに沿った選択を考えてみましょう。
将来の年金受給に備えて、企業は基礎知識の周知を
2022年の年金制度改正では、その他にも複数の項目で改定が行われます。例えば確定拠出年金(DC)の加入時期が延長されたのもその一つです。
改定によって、「企業型確定拠出年金(企業DC)」の加入可能年齢が「65歳まで」から「70歳まで」と引き上げとなり、受給開始できる期間が「60歳から70歳までの間」であったのが、「60歳から75歳まで」となり受取開始時期の幅が拡大されました。
今回の年金制度改正は基本的に「年金の受給額が増える」「選択肢の増加」など、受給者側にとっては好ましいものが多く見られます。しかし、年金制度の基本を理解していないと改正内容は理解しにくいものです。仮に自身にとってメリットのある改正であったとしても「何がどう変わったのかわからない」のであれば、生活や今後のライフプランを見直すきっかけにはなりません。
また、年金の受取額や受取時期を考えるときは、広い視点で自分にとって有利な組み合わせを考えましょう。年金受取に加えて、「退職金を一括受取するか、分割受取するか」、「養老年金や終身年金をどう活用するか」など高齢期のマネープランニングを総合的に見通す必要があるでしょう。将来の安定した生活を考えると、現役時から、年金をどう受給するか、状況に応じていくつかのプランを考えておくのが理想です。正解がないからこそ、基本知識を蓄えておくことやシミュレーションが重要になるでしょう。
健康経営に努める企業は、高齢期の社員の元気を支えています。今後ますますアクティブシニアが社内で活躍する可能性もあるでしょう。企業側から社員に対して年金の重要性を周知したり、具体的な研修を設けたりすることも、健康寿命の延伸を促す健康経営の一部といえるかもしれません。若手社員であっても、いずれ高齢期を迎えるわけですから、より安心して生きていける手助けとなることでしょう。
年金制度は今後も法改正が見込まれる
年金制度は社会・経済状況に応じて運用されており、今後も定期的な法改正が発生すると考えられます。年金制度は、働き方や高齢期の生活に直結するため、本来ならば社員ひとりひとりが主体的に年金制度について理解を深めていくのが理想です。しかしすべての人が詳しく理解できるとはかぎりません。企業側が年金制度の趣旨や概要について周知していくことを検討してみてはいかがでしょうか。60歳以降の働き方を考える助けになるはずです。年金制度への理解をきっかけに、健康寿命を延伸する意義を浸透させ、健康経営の成果向上につなげましょう。
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