ファイザー健康保険組合に学ぶ健康経営成功事例、アフターコロナも企業と健保組合が手を取り合うべき理由

ファイザー健康保険組合に学ぶ健康経営成功事例、アフターコロナも企業と健保組合が手を取り合うべき理由

文/中澤 仁美(ナレッジリング)
取材・編集/ステップ編集部

厚生労働省も推進する「コラボヘルス」は、健康保険組合などの保険者と事業主が積極的に連携し、加入者である従業員やその家族の健康づくりを効果的・効率的に支援することを指します。健康経営にも深く関わる注目のキーワードですが、具体的にはどのような取り組みが行われているのでしょうか。ここでは、世界的に有名な製薬企業ファイザー社の健康保険組合で、さまざまな取り組みを通してコラボヘルスを実践してきた小川佳政 常務理事に、健康経営の成功事例やその方法についてお話を伺いました。

笑顔のミドルエイジ男性、小川 佳政(おがわ よしまさ)さん。(ファイザー健康保険組合 常務理事)

小川 佳政(おがわ よしまさ)
ファイザー健康保険組合 常務理事
1990年、ファイザー株式会社入社。MR(医薬情報担当者)、人事総務部門で採用、ビジネスパートナー人事、企画、労政担当などを経て、2020年から現職。
【ファイザー健康保険組合】
製薬企業のファイザー株式会社(以下、ファイザー)が1958年に設立した単一健康保険組合。同社を中心に14の事業所が加入しており、被保険者数は約4700人、被扶養者数は約6500人に上る。ファイザーから出向した7人の職員が、適切な適用・徴収、給付、経理業務だけでなく、加入者の健康を守るためにさまざまな保健事業の施策を検討・実施している。

目次[非表示]

  1. 1.ファイザー健康経営事例1:ヘルステックの導入で健康意識が高まった
  2. 2.ファイザー健康経営事例2:女性活躍が顕著だからこそ健康のサポートも
  3. 3.ファイザー健康経営事例3:喫煙率を激減させたファイザーの本気度
  4. 4.医療業界人として、まずは自分たちが「健康」であることの意味
  5. 5.健康保険組合が、全ての従業員の健康に尽くす意義

ファイザー健康経営事例1:ヘルステックの導入で健康意識が高まった

健康寿命を延伸させるため、もっとヘルステック(※)を活用することはできないか――。
これはファイザー健康保険組合(以下、当組合)が重視してきたテーマで、ファイザーの産業医や関連部署の担当者ともディスカッションを重ねてきました。期せずしてCOVID-19の感染拡大という事態に直面し、多くの企業はテレワークに切り替える必要があったと思います。もともと在宅勤務制度があり、その土壌が整っていたファイザーであっても、これほど多くの社員がテレワークへ移行することは想定外であり、生活習慣の変化や運動不足といった健康リスクの低減は喫緊の課題となりました。アフターコロナでも同様の課題を抱えることが想定されたため、ニューノーマル下でもいきいき働くことを応援する「デジタルウェルネスプログラム」を立案するに至ったのです。
※ヘルステック:AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)、ウェラブルデバイスなどのテクノロジーを活用し、病気の予防や治療における課題を解決する技術、あるいはそれに取り組む企業のこと。

2020年8月~12月には、趣旨に賛同した社員約500人を対象にパイロットプログラムを実施しました。これは、歩数や心拍数を測定できるウェアラブルデバイス“fitbit Charge4”や体組成計などから得られるライフログデータを分析すると同時に、FiNC Technologies社が提供するアプリを利用して、「BMI維持・改善」「肩こり・腰痛改善」などの健康管理プログラムを実施するというもの。「この1週間で8000歩以上歩く日を3日間つくる」といった目標を設定し、達成すると商品と交換可能なポイントが付与されるインセンティブも用意しました。

ファイザー社が希望者に配布したウェアラブルデバイス。小川さん自身も、入浴時以外は常にfitbit Charge4を装着してライフログを計測小川さん自身も、入浴時以外は常にfitbit Charge4を装着しているという

FiNC Technologies社が提供する体組成計とアプリの画面FiNC Technologies社が提供する体組成計とアプリの画面

本プロジェクトの推進にあたっては、最新のテクノロジーに精通するファイザーのIT部門の担当者はもちろん、法務や広報などの管理部門のメンバーにも参画してもらいました。個人の健康に関する情報は、プライバシーの観点から特に慎重に取り扱う必要があります。法務部門と情報漏洩のリスクについて議論を重ねた結果、匿名性などに応じてデータを区分し、それぞれの閲覧権限をプロジェクトメンバー内でも明確にすることを徹底しました。ファイザーでは情報管理に関して非常に高い倫理性を求められます。その点で安心してもらえたからこそ、参加者が集まり、最後まで参加していただけたという側面もあると思います。

パイロットプログラムでは、身体活動量が減少する在宅勤務が続く中でも、参加者の7割以上でBMIが維持され、2割以上で低下しました。
また、BMI維持のためには一定以上の歩行(緩やかでも定常的な運動)が、BMI低下のためには、それに加えてこまめな体重管理・食事管理と1日平均30分以上の脂肪燃焼運動が大きく寄与することがデータから明らかになりました。実際、約半数の参加者がプログラム終了後でも体重管理や食事管理を習慣化できています。身体活動量が低下しがちなコロナ禍では、このような積極的な活動を促す取り組みがなおさら求められるのではないでしょうか。

また、最新のデバイスを活用すること自体に新鮮さがあり、そのワクワク感が参加者のモチベーションにつながっていたように感じました。生真面目に健康の重要性を説くだけでは、生活習慣の変容につなげることは難しいものです。しかし、ヘルステックのような目新しい仕掛けを取り入れたことが「起爆剤」となって、プログラムの効果を高めてくれたのではないかと考えています。

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ファイザー健康経営事例2:女性活躍が顕著だからこそ健康のサポートも

2021年になって新たにスタートしたのが、女性特有の健康課題に対するサポートです。「働く女性の健康増進調査2018」(日本医療政策機構)では、月経前症候群(PMS)、月経、更年期障害により、仕事のパフォーマンスが半分以下に低下する女性が50%近くにのぼると報告されています。プレゼンティーズム(健康上の問題を抱えながら勤務すること)による生産性の喪失は想像以上に大きく、経営課題の一つとしてとらえるべきでしょう。数年前、女性の加入者が女性の産婦人科医に個別相談できる企画を試験的に実施したところ、1日で用意していたすべての枠が埋まり、隠れたニーズがいかに大きいかを実感しました。

本格的にプログラムを稼働させるにあたっては、リンケージ社が提供する法人向け女性ヘルスケアサービス“FEMCLE”(フェムクル)を導入しました。このサービスが魅力的なのは、問診の結果を個別に分析・フィードバックし、チャットでの相談や医療機関の紹介まで丁寧に対応してくれるところ。啓発などの息の長い働きかけも大切ですが、「今まさに悩んでいる人に手を差し伸べたい」という思いから、よりパーソナライズされたサポートを提供して行動変容につなげたかったのです。

ファイザー社が使用する女性の健康向上アプリFEMCLEのサービス画面。問診結果による受診推奨度などが表示されているFEMCLEのサービス画面。問診結果による受診推奨度などが表示されている

人によっては、「困っているなら、早く通院すればいいのではないか」と簡単にとらえてしまうかもしれませんが、婦人科受診に心理的なハードルを感じる女性は少なくありませんし、症状が慢性化しているために不調を実感できないケースも多いのです。また、ファイザーのように管理職としても多くの女性が活躍している職場では、「皆も頑張っているのだから生理で休むなんて……」と当事者が考えてしまうリスクをはらんでいます。社員全員で、健康に関する組織風土をよい方向に変えていくことでも、企業の成長に寄与できるはずです。

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ファイザー健康経営事例3:喫煙率を激減させたファイザーの本気度

このように数々のコラボヘルスを実現してきた当組合ですが、最も長期にわたり顕著な成果を得られているのが、社内禁煙の取り組みです。禁煙の重要性に関しては医学的なエビデンスも多く、疾病予防施策の中でも特に大きな効果が得られるものと認識しています。2005年に社内禁煙の取り組みを始め、2007年には「全社禁煙宣言」を発表。そのきっかけとなったのが、医療用医薬品として、禁煙補助薬を発売したことでした。禁煙補助薬に関する医薬品情報を医療関係者にお届けしているにもかかわらず、自分たちが喫煙していては説得力に欠ける――。社員の健康への影響を考えたのは当然ですが、そうした問題意識からも、当時としてはかなり思い切った禁煙施策に舵を切りました。

具体的には、禁煙の重要性を訴求するメッセージを定期的に伝えたり、オリジナルグッズを配布したりといった啓発活動に加え、商品に交換できる当組合独自の健康ポイントプログラムを提供することにしました(禁煙治療に取り組む喫煙者とともに、喫煙者の禁煙を応援する非喫煙者も対象)。また、禁煙治療にかかる費用は、禁煙外来への通院・遠隔診療ともに、禁煙補助薬や禁煙ガムの購入費用も含めて当組合が補助しています。禁煙に挑戦しようと思ったとき、費用は一切かからない環境を整えました。

さらには、労使でのしっかりとしたコミュニケーションと同意をもとに、2011年には就業規則で就業時間中の禁煙を規定しました。加えて、2015年からは「喫煙者ゼロ最終宣言」と銘打った、社内部門横断的な活動を展開し、当時の社長から毎月禁煙の重要性を伝えるメールを配信するなどのさまざまな取り組みを行いました。また、社員昇格における禁煙の要件化や、2019年からは喫煙者の不採用の明確化など、いっそう取り組みを厳格化していきました。これらが会社としての「本気度」を示すことにつながり、ファイザーの文化として禁煙が根付いていったように思います。実際、社内喫煙率は、2009年には15%以上だったものが徐々に低下し、2021年には1%台にまで激減しています。喫煙または受動喫煙による健康被害は明らかであり、加入者やその家族の健康を守るという意味でも禁煙を徹底することは極めて重要です。各部門の代表者など、多くの社員を巻き込みながら全社でコラボヘルスを推進した結果、喫煙率減少という結果が伴いました。また、これらの取り組みがきっかけとなり、2019年に発足した「禁煙推進企業コンソーシアム(※)」においては、参画企業へのモデルケースにもなっているという点で、ベストプラクティスに値すると自負しています。

※禁煙推進企業コンソーシアム

ファイザー社12年間の喫煙率の推移。男性、女性ともに大幅に数値が低下している12年間の喫煙率の推移。男性、女性ともに大幅に数値が低下している

医療業界人として、まずは自分たちが「健康」であることの意味

私が当組合に異動してきたのは2020年で、それまではファイザーでMR(医薬情報担当者)や人事担当者として働いていました。ファイザーは研究開発型の製薬企業であり、革新的な医薬品とワクチンの提供を通じて、社員は患者さんの健康を強く願っています。しかし、仕事にかける情熱と裏腹に、自身やその家族の健康についてはつい後回しにしてしまう方もいるのではないかと感じていました。「本気で誰かを健康にしたいと願うなら、まずは自分から」というのが筋ではないでしょうか。日本を代表するヘルスケア企業の一員として、社員や社員のご家族の健康を増進する取り組みにもっと力を入れていきたい――。それを実現させるため、社内公募制度を利用して当組合にやって来たわけです。

現在、当組合は「加入者の人生100年時代の幸せを支援する」というビジョンに掲げています。WHO憲章前文にもある通り、健康とは病気でないことではなく、肉体的・精神的・社会的にすべてが満たされている状態を指します。言い換えれば、人により健康の定義は異なるということです。当組合としても、自身の心身がどのような状態でありたいかを考える機会を提供し、それを実現させるための支援ができればと思っています。

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製薬企業やライフサイエンス企業の加入者の中には、身体や特定の疾患に関する知識が豊富なケースがあります。そのような加入者や無関心層に対し、どのようにしたらヘルスリテラシーを高められるのか、行動変容を促せるのか、非常に難しい課題です。エビデンスベースで話をしたり、医療従事者からアドバイスを受けられる機会を増やしたり、情報の伝え方には試行錯誤しています。

健康保険組合が、全ての従業員の健康に尽くす意義

健康保険組合は全国に1400組合ほど存在し、業界やテーマごとに研究会をつくるなど、強い横のつながりを持っています。先進的な取り組みをされている健康保険組合も、取り組みを隠すことなく、紹介していただける姿勢に当初は驚きました。
企業側が積極的に施策を打ち出す姿勢はもちろん大切ですが、定期健診、職場巡視、ストレスチェック、長時間労働者面談など、ただでさえ多くのことを求められる上、COVID-19への対応も迫られる中で、そうした余裕がないことも多いでしょう。

だからこそ、健康保険組合に求められる役割や責任は大きいといえます。今後のニューノーマル時代を乗り切るだけでなく、社会保障費が急増していく中で医療保険制度を維持していくためにも、企業と健康保険組合が手を取り合い、健康経営を実現するために力を尽くしていくことが必要だと思っています。


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