出向に関する契約書を結ぶ上での、注意点を紹介
勤務先企業が変わる「出向」は、企業と従業員とのあいだの合意が必要です。企業はどんな契約書を用意し、締結するべきか、契約書の内容における注意点を解説します。
目次[非表示]
- 1.出向に関する契約書を結ぶ上での、注意点を紹介
- 2.出向契約書にはどのような役割がある?
- 3.出向は大きく分けて2種類ある
- 4.在籍出向命令が権利の濫用になるケース
- 4.1.業務上の必要性を欠く場合
- 4.2.人選の合理性を欠く場合
- 4.3.家庭の事情によって、著しい生活上の不利益を受ける場合
- 4.4.勤務形態が著しく低下する場合
- 4.5.出向先の職種が大きく異なる場合
- 4.6.出向元の企業への復帰が予定されていない場合
- 5.在籍出向に必要な4つの書類とは?
- 5.1.出向契約書
- 5.2.覚書
- 5.3.出向通知書兼同意書
- 5.4.労働条件通知書・賃金規定
- 6.社員が出向先から帰任する際の注意点
- 7.出向者からの不信や不満を生まないよう、契約書は必ず準備を
出向に関する契約書を結ぶ上での、注意点を紹介
従業員の成長を促し、事業を効率的に進める上で、適材適所な配属は重要です。長期的な事業戦略にもとづいて、社員の配置転換を進めている企業や、人材不足・人材過剰による雇用調整を考えている企業は多いでしょう。
配置転換には、「異動」「転勤」「出向」など、さまざまな方法がありますが、いずれも働く環境が大きく変わるため、従業員への十分な配慮が必要です。中でも勤務先の企業が変わる出向は、従業員への心理的な負担が大きく、不信や不満に発展する事例も少なくありません。
ここでは、出向における契約を結ぶ上で気をつけておきたい注意点を解説します。
出向契約書にはどのような役割がある?
出向元企業と出向先企業とのあいだで取り交わす契約書を「出向契約書」といいます。出向契約書は、出向時の労働条件や指揮命令関係についてなど、さまざまなルールを記載した文書ですが、下記で解説する「在籍出向」についてはほとんど法令上の定めがないため、契約書作成の義務はありません。つまり、契約書を取り交わさずに在籍出向を命じても、ただちに法的な問題に発展するわけではないのです。企業と従業員のあいだでの口頭による合意のみでも、実質的には在籍出向を成立させることが可能です。
在籍出向は、「企業と従業員との合意内容を、すべて口頭を根拠とした場合」でも成立可能ですが、口約束だけでの合意は不満を生む可能性があります。「言った」「言わない」のトラブルや、「そもそも同意していない」「認識していた労働条件と違う」といった行き違いを防ぐためにも、契約書は作成しておいたほうがいいでしょう。
在籍出向が決まった従業員とは、事前に話し合いの機会を設け、出向先企業の就業規則や出向規定について合意を得た上で契約書を取り交わすことをおすすめします。
出向は大きく分けて2種類ある
出向には大きく分けて「在籍出向」と「転籍出向」があり、同じ出向でもその内容は大きく異なります。どのような違いがあるのか、具体的に見ていきましょう。
在籍出向:出向元企業との雇用関係は維持する
在籍出向は、今在籍している会社(出向元企業)との雇用関係を維持しながら、出向先企業とも雇用関係を結び、出向先企業で仕事をする働き方です。出向中の指揮命令権は出向先企業にあり、従業員は出向先の社員と同様の条件で働きますが、出向元企業の籍はそのままです。そのため、契約時に取り決めた期間を満了した従業員は、出向元企業に戻ることを前提としています。
雇用過剰となった企業と、社会環境や経営状況の変化によって人手不足となった企業とのあいだで雇用をシェアし、一時的な人件費の圧縮を図る場合などに使われる手法です。
【在籍出向について更に詳しく知る】
転籍出向:出向元企業との雇用関係は解消する
転籍出向は、出向元企業との雇用関係を解消し、籍をなくした上で、新たに出向先企業と雇用関係を結び直します。出向元企業には籍が残らないため、ほぼ転職と変わりません。転籍出向した社員が出向元企業に戻る場合、新たに雇用契約を結び直す必要があります。
転籍出向は、人件費を減らして事業活動を維持するための雇用調整や、人事戦略の一環として利用されることが多いでしょう。
転籍出向は、従業員と出向元企業との関係が完全に切れるという点で、在籍出向よりも従業員に及ぼす影響が大きくなります。後々トラブルになる可能性もあるため、下記の3つの書類を用意しておくと安心です。
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転籍協定書
出向元企業と出向先企業のあいだで、今回の転籍出向について取り決めた内容を転籍協定書に記載します。出向元企業を退職した社員との今後の契約については、「退職・再雇用」と「労働契約上の地位の譲渡」があります。退職・再雇用は、従業員に出向元企業を退職してもらい、雇用契約を終了させた上で、その従業員と出向先企業がまったく新しい雇用契約を締結する契約です。労働契約上の地位の譲渡は、出向元の労働条件がそのまま出向先企業に承継される契約です。
出向先企業が再雇用という形で新たに雇用契約を結ぶのか、労働契約上の地位を譲渡するのかについても、確認・合意の上で記載しましょう。 -
転籍辞令
転籍辞令は、出向元企業から従業員に出向を命じる旨を記載した書類です。「出向を命じること」「転籍出向に伴う労働条件は、転籍合意書のとおりであること」「出向元企業の名称」「出向元企業の代表者名」などを記載します。 -
転籍合意書
転籍出向について従業員と話し合いで合意した内容を、転籍合意書に記載します。後々、起こる可能性があるトラブルを想定し、「出向先の基本情報」「出向先での仕事内容と労働条件」などを細かく記載しておきましょう。特に、「契約成立後は出向元との雇用関係が失われること」については、明記しておくことが大切です。
【転籍出向について更に詳しく知る】
在籍出向命令が権利の濫用になるケース
在籍出向は、従業員のライフスタイルやキャリアプランに深く関わります。そのため、企業からの一方的な命令ではなく、企業と従業員双方が納得できる条件で進めることが重要です。
出向者との話し合いのプロセスを怠り、企業側の都合で出向契約を進めると、出向命令が「権利の濫用」であるとして無効になることがあります。権利の濫用とは、社会的に見て妥当性を欠いていたり、行使することによって相手に大きな損害を与えたりする可能性が高いにもかかわらず、持っている権利を行使することです。
権利の濫用は、具体的に下記のようなケースが該当します。企業が出向命令を行う際は、このようなケースにあてはまっていないか注意が必要です。
業務上の必要性を欠く場合
適正な配置による業務の円滑化、従業員のスキルアップといった業務上の明確な目的がなければ、社員をわざわざ出向させる必要性は薄いといえます。この場合は労働契約法上、業務上の必要性を欠いた出向と判断されるかもしれません。
人選の合理性を欠く場合
「なぜ、多くの社員の中でその人が出向の対象なのか」を明確に説明できないと、労働契約上、出向を命じる妥当性がないと判断されることがあります。
家庭の事情によって、著しい生活上の不利益を受ける場合
「出向先が非常に遠方で、生まれたばかりの子供の世話と両立できない」「介護を必要としている親がいるが、出向先で残業が増えて対応できない」など、出向に伴う変化によって生活上の不利益を受けることがわかっている場合は、契約が無効になる可能性が高いでしょう。
勤務形態が著しく低下する場合
出向後、正社員からアルバイトになるなど、勤務形態が大きく異なり、条件面で不利になる場合も、権利の濫用とされる余地があります。
出向先の職種が大きく異なる場合
これまでの経験がまったく活かせない異業種での就業となる場合、従業員の負荷は甚大です。異業種での就労に明確な目的がなく、従業員のキャリアアップにもつながらないようなら、妥当性に疑問が残ります。
出向元の企業への復帰が予定されていない場合
転籍出向は出向元企業との雇用関係を解消しますが、在籍出向は基本的に出向元企業への復帰を前提としています。在籍出向でありながら、出向元企業への復帰を条件として定めていない場合も、権利の濫用と判断されることが多いでしょう。
在籍出向に必要な4つの書類とは?
従業員を出向させるには、事前にさまざまな同意を得られなければなりません。続いては、出向に必要な書類について確認していきましょう。
出向契約書
出向契約書は、出向元企業と、出向先企業のあいだで取り交わす書類です。前述したとおり、出向における法律は整備が追いついていないため、出向先での就業規則や規定の適用や、給与に関すること、帰任までの期間などについては、出向契約書にしっかり残しておくようにしましょう。
具体的には、下記のような内容を出向契約書に記載します。
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当事者の情報
出向元企業、および出向先企業の概要や、出向する社員について、当事者の情報を記載します。
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出向期間
出向開始日と、出向期間満了日を記載します。期間を短縮する場合や延長する場合についての取り決めも行い、詳しく記載しておきましょう。
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出向期間中の出向元会社での扱い
出向期間中の出向元会社での扱いは、在籍出向と転籍出向で内容が異なります。在籍出向では、出向期間中も出向元との雇用契約が維持されることについて記載します。出向が決まった時点で出向元との雇用契約が解消となる転籍出向の場合は、雇用契約の解消の記載が必要です。
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服務規律(懲戒処分などについての分担)
出向期間中、当事者が守るべきルールや、ルールに反した場合の懲戒処分といった服務規律についても記載します。違反した従業員に懲戒処分を科す場合、出向元・出向先、どちらが分担するかについても決めておきます。
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給与・賞与と社会保険の負担
給与・賞与、社会保険の負担について、支払い義務がどこにあるのかを明記します。在籍出向の場合、いずれも出向元企業が負担し、労災保険のみ出向先企業負担となるのが一般的ですが、出向の理由によって異なるためよく話し合う必要があります。
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交通費
交通費、通勤費(定期代)、出張費などの支払いについて、出向元・出向先のどちらが担当するかについて、合意した内容を記載します。 -
その他協議事項
上記以外の協議事項についても、まとめて記載します。
覚書
出向契約書で定めた、各条項の詳細について記したものが覚書です。両者間での同意を示すエビデンスとして、署名も忘れずに行ってください。具体的には下記の内容を記載します。
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出向者の給与と追加費用について
給与、および時間外労働が発生した際の残業代など、追加でかかる可能性がある費用についての取り決めを記載します。
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費用の支払い方法について
給与や残業代などの費用の支払い方法を記載します。
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出向者の労働場所と内容について
出向従業員がどこで、どのような労働に従事するのか、出向者の労働場所と内容について記載します。
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労働条件について
勤務時間や休憩時間、時間外労働、休日労働などの労働条件についての取り決めを記載します。
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両社の窓口担当者について
今回の出向契約に関する責任の所在を明らかにするため、出向元の窓口となる担当者と出向先の担当者、両者の窓口担当者の情報をそれぞれ記載します。
出向通知書兼同意書
出向通知書兼同意書では、出向元企業が下記のような条項を記載し、従業員の同意を求めることになります。
出向に対して企業と従業員双方の同意があったことを証明する書類ですので、情報はなるべく漏らさずに記載しましょう。
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出向先の基本情報
名称、代表者、所在地、事業内容、資本金、社員数など、出向先の基本情報を記載します。
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出向先での所属
出向先で所属する部署名、および担当する業務について詳しく記載します。
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労働条件
出向期間、労働時間、休日、有給休暇、給与、賞与、社会保険・雇用保険・労災保険、福利厚生など、出向先での労働条件について余すところなく記載します。
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その他特記事項
上記以外の特筆すべき内容について記載します。
労働条件通知書・賃金規定
出向先が用意し、出向者と締結する書類には、どのような労働条件のもとで勤務するかを明示した労働条件通知書が必要となります。
転籍出向で、給与の支払い義務が出向先に移る場合は、賃金規定も用意してください。
【参考】経済産業省北海道経済産業局「雇用維持と人手不足を同時解決するモデルケース」(別添1)出向等に関する参考資料|経済産業省北海道経済産業局(2020年10月)
https://www.hkd.meti.go.jp/hokij/20201009/sankou1.pdf
社員が出向先から帰任する際の注意点
在籍出向で他社に出向していた社員が、出向先から出向元に戻ってくることを「帰任」といいます。帰任の仕方には、あらかじめ定めた期間を満了した場合と、諸事情から出向解除となる場合があります。
出向解除の場合、出向元が「出向を解除する」旨を記した辞令を作成し、出向社員に知らせます。出向先での引き継ぎや引越しを伴う場合は、その手続きなども必要になるので、「解除日」「帰任日」は従業員の準備期間を考慮して設定してください。
また、帰任にあたっては、その処遇が出向契約に沿っているか、必ず確認しなくてはなりません。
仕事内容、帰任した際のポジション、退職金、手当などを含む賃金などについては、必ず出向契約に盛り込んでおき、帰任が決まった時点であらためて内容を確認して社内環境を整備しましょう。
なお、出向期間が長いと、出向元企業の体制や業務の進め方に慣れるまで時間がかかる可能性があります。出向先とはまったく違う業務に就いた場合は、「経験を活かす場面がなく、何のために出向したのかわからない」と従業員のモチベーション低下を招きやすくなる可能性があります。
その対策としてサポート役の社員をつける、できるだけやりがいを持って働ける仕事を用意するなど、出向者への配慮が必要です。
出向者からの不信や不満を生まないよう、契約書は必ず準備を
出向は、企業が円滑な事業運営を行うための手段のひとつです。うまく活用すれば、企業にも出向社員にもさまざまなメリットがありますが、企業間の契約の進め方によっては出向社員からの不信感を招きかねません。
出向社員の不満を生まないよう、出向にあたっては「労働条件」「期間」「給与」などについて細かく取り決め、契約書を交わしておきましょう。在籍出向をお願いする社員に対しては、不利益を被らすようなことを避け、帰任時の環境も整えておくことをおすすめします。
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<監修者> 丁海煌(ちょん・へふぁん)/1988年4月3日生まれ。弁護士/弁護士法人オルビス所属/弁護士登録後、一般民事事件、家事事件、刑事事件等の多種多様な訴訟業務に携わる。2020年からは韓国ソウルの大手ローファームにて、日韓企業間のМ&Aや契約書諮問、人事労務に携わり、2022年2月に日本帰国。現在、韓国での知見を活かし、日本企業の韓国進出や韓国企業の日本進出のリーガルサポートや、企業の人事労務問題などを手掛けている。 |